第930話 心霊警察・リクエスト(3)路上ミニライブ

 坂上さんと名乗った男は、力なく笑った。

「どこも、あの番組に関わったというだけで、レコードも置いてもらえず、デパートとかでも歌わせてもらえず、契約が切れたら、実家のあるここに帰るしかありませんでした。

 トボトボと帰って来て、そこで休憩したんですが、もう4日は何も食べていなかったのでそのまま立ち上がる力もなく。凍死してしまいました。

 へへ。野垂れ死にする覚悟で家を出て行ったんですけど、本当になるなんてねえ。

 最後まで何とかならないかと、ラジオにリクエストのはがきを送り続けていたんですよ。お笑いでしょう」

 高田さんやミトングローブ、えりなさんが、ズズッと鼻を啜った。

 いや、ユーヤは涙を袖口で拭いていた。クールぶっているが、涙もろいやつらしい。

「笑えるかよ!くそ!そんなの、理不尽じゃねえか!」

 熱いヤツだった。

「それから我々は、坂上さんの曲がかかるのだけを今日か今かと待ち続けて、ここでラジオを聞いているんですよ。かかったら、生で歌ってくれるって言うからね。あと1回、もう1回でいいから、あの曲を聞きたいってね」

 おじさんがしみじみと言い、皆、頷いた。

 僕は甲田さんに訊いてみた。

「甲田さん。その音源ってありますか」

 甲田さんは考えてはいたが、

「どうかなあ。まあ、ライブラリーにはあるかも知れないけど……」

 歯切れが悪い。

 と、ユーヤが手を上げた。

「その……じいちゃんが好きで、ピアノで最後の誕生日に弾いてくれたのがその曲だったんだ。だから、ピアノを録音したのなら、持ってるけど」

 全員の目がユーヤに集まる。

「涙もろくて熱くてじいちゃんっこだったのか!」

 思わず言った僕に、

「やめろよ、イメージ壊れるから!」

とユーヤが真っ赤になって叫ぶのを、直や皆で、「まあまあ」となだめる。

「で、ピアノ曲があれば、歌えるか?」

 坂上さんは目を輝かせ、うんうんと頷いた。ほかの霊達も、手を叩いて喜び合う。

「じゃあ」

 ユーヤは、マネージャーからスマホを受け取り、それを選び出して再生した。

 本来ならもっとギターやらドラムやらが入る曲だろうが、ピアノのみでイントロから軽快にスタートする。

 緊張したような顔をしていたが、坂上さんが、歌い出した。

 が、少し歌っただけで、絶望したような顔をした。

「喉と体力が……あ……」

「え?」

 坂上さんとユーヤの目が合った――と思うと、坂上さんはすうっとユーヤに入り込んだ。

 まあ、害はないので、いいだろう。

 そして、現役のプロの歌手の体を使って、実にのびのび、堂々と、歌い上げた。シャウトまでして、ノリノリだ。

「ヒューヒュー!」

「たくろー!」

 人も霊も、一丸となって応援し、田んぼの中の路上ミニライブとなった。

 そして、坂上さんもほかの皆も、満足そうな笑みを浮かべて万歳をしている。

「え、何?今俺寝てた?」

 ユーヤだけが、わけがわからないという様子だ。

「ありがとうございました。これで、もう」

「じゃあ、逝きましょうか」

「はい」

 そして彼らは消えて行き、マネージャーに事情を訊いたユーヤは青くなった。

「はあ、良かったな」

「そうだねえ」

「和んでる場合か!?」

 噛みついて来るユーヤに、僕は思い出した。

「そうだな。折角だからお披露目しよう」

「だよねえ。じゃあん!新兵器の憑依検知器、略してひょうたんだよお」

 それをユーヤに当て、スイッチを入れる。

「おお、反応した!」

 えりなさんが嬉しそうに言う。

「憑依していた事を間違いなく検知するためのものです。これで、霊能師がそこにいなくても、『何かに操られて』という言い訳は通用しません」

「全国に配備が進んでいますよう」

「成程、これが噂の新兵器か」

 高田さんがまじまじと見ている。

 がっくりと肩を落とすのはユーヤだけだった。

「大丈夫、大丈夫。この2人がいれば心配ないから」

「そう。怖いだけだから」

 ミトングローブが肩を叩いて慰めているので、僕達も言っておく。

「霊能師であると同時に、警察官ですからねえ」

「安全は守ります。ご心配なく」

「……これが、心霊特番……」

 甲田さんが、にっこりと笑って言った。

「はい、オッケー!」





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