第927話 クリスマス会(4)トロイカ

 体育館の扉を開ける。

 先程と同じようにハンドベルを持って千陽ちゃんが練習していたが、扉の開く音に、顔をこちらに向ける。

 そして、さっきとは違い、その顔を輝かせた。


     パパ!!


 走って来て、陣川氏に飛びつく。

 それを笑顔で受け止め、陣川氏は千陽ちゃんを抱きしめた。


     遅くなってごめんな

     いつも来られなくてごめんな

     でもこれからは ずっと一緒だからな


     ホント!?


     ああ


 千陽ちゃんが嬉しそうに笑い、陣川氏が切なそうに笑う。そして、ずっと握りしめて来た手の中のブローチを千陽ちゃんの胸元につけた。緑色の葉っぱにテントウムシが4匹とまったかわいいブローチだ。


     お父さんとお母さんと私と赤ちゃん!


 千陽ちゃんは嬉しそうに叫んでクルクル回る。

 すると、近付いて来たクリスマス会の為に準備されていたツリーの電球が点き、舞台のライトが点き、千陽ちゃんが舞台に駆け上がると、音楽が流れて来る。

 ロシア民謡の『トロイカ』だ。


     雪の白樺並木

     夕日が映える

     走れトロイカ

     ほがらかに

     鈴の音高く

 

 いつの間にか、陣川氏の隣に、乳児を抱いた女性がいた。陣川氏の奥さんだろう。

 終わった千陽ちゃんは舞台を駆け下りて来て、彼らに飛びついて行った。


     パパ!ママ!!

     あ、赤ちゃん?


     妹よ


     かわいい


     さあ、行こうか


 陣川氏が言って、奥さんと揃って僕達に黙礼をした。どちらも、穏やかな笑顔だった。

「はい、逝きましょうか」


     バイバーイ!


 千陽ちゃんが手を振り、そして4人はキラキラと光り、消えて行った。


 優維ちゃんの幼稚園のクリスマス会での合唱は無事に終わり、ビデオを皆で見た。

 トナカイの角のカチューシャを付けて、園児達が『赤鼻のトナカイ』を歌っていた。

 今もまだ気に入ったのか、着けたままだ。訊くと、敬に「かわいい」と言われたかららしい。

「上手だったなあ、優維」

 神様達も呼んでのクリスマス会――いや、イエスのお誕生日会か?――をしているところだ。

 優維ちゃんは照姉に褒められて、にこにこしている。

「今日、イエスおじちゃんのお誕生日?」

「おめでとう!」

 クリスマスの意味を先生達の劇で知った凜と累は、イエスにおめでとうと言って拍手している。

「いくつ?」

「2000歳とちょっとだよ」

「長生きだねえ」

「だねえ」

 喜ぶ凜と累の横で、敬が、

「年金いっぱいだね!」

と言って、大人達は思わず飲み物にむせそうになった。

 だが、何度も乾杯をし、楽しく賑やかにクリスマス会は過ぎて行った。

 ゲームをしてはしゃぎ、いつまでも寝たくないと訴える子供達に、

「いい加減に寝ないと、サンタさんがプレゼントを置きに来られないぞ」

と兄が言ったので、子供達は名残を惜しみながらも慌てて布団に滑り込む。

 それに大人達と神様達は、

「かわいいものだな」

「純真でいい」

とくすくす笑って、飲み直した。

「このまま元気に真っすぐに育って欲しいものだな」

 御崎みさき つかさ。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。

「うむ。この子達は優しいし、いい子だ。この良さを失わずにいてもらいたいな」

 照姉が言い、イエスも頷く。

「ええ。あなた達に幸あらん事を」

 そこで、足音と気配を忍ばせて、騰蛇が戻って来た。

「子供達、寝たぞ」

「よし、プレゼントを枕元にセットしよう」

 兄の号令で、サッと僕達は立ち上がった。子供達は、今日は一緒にリビングに枕を並べて寝ているのだ。何でも、明日の朝、プレゼントの見せっこをしたいらしい。それと、マンションなのでサンタの出入りがしにくいだろうから、1カ所に集まっておいた方が親切だろうというのだ。

 子供の考えは面白い。

 僕達は、各々の子供達の枕元にそっとプレゼントの包みを置いた。

「メリークリスマス」

 



 




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