第915話 神様が多すぎる(2)マロン

 宴会の後は、またあの世経由で現世の家に戻る。そして、何事も無かったかのように、普通の生活を送り、仕事に出る。

「奇妙な犬?」

 その話に、僕は、犬に縁があるな、と思っていた。

「はい。駅のホームを走って、ワンワンと吠えて、消えたそうです」

「吠えられた人は驚いて階段から落ちて、捻挫したそうですよ」

 小牧さんが嬉しそうに、十条さんが怖そうに言う。

「わかった。調べてみよう。犬の霊をけしかけているとか、犬を殺してその人が祟られてるとかかもしれないしな」

 僕はそう言って、直と立ち上がった。

「犬かあ。どんなコだろうねえ。

 アオ、アオは特別だからねえ?」

 本当は犬派だったのにインコ派を名乗らなければいけなくなった直が、インコのアオに、ハッとして話しかけると、アオは、本当なんでしょうね、と言わんばかりに、

「チッ!?」

と鳴いた。


 被害者は渡辺竜二さん。現場である駅のすぐ近くの病院に運ばれ、今は恋人の家にいるそうだ。

 何でも、勤めていたレストランが潰れて失業し、彼女の家に転がり込んだらしい。

「ここかあ」

 それは庭の付いた一戸建てで、『吉永』という表札が出ている。

 ここに住むのは、吉永冬美さん。大学を出る頃に両親が亡くなり、一人暮らしをしているらしい。職業はイラストレーター。

 最近可愛がっていた飼い犬が亡くなり、落ち込んでいるそうだ。

 チャイムを鳴らすと、すぐに女性が出て来た。

「警視庁陰陽課の御崎と申します」

「町田ですぅ」

「こちらに渡辺竜二さんがいらっしゃるとお伺いしたのですが」

 すると彼女は、

「吉永冬美です。どうぞ」

と、先に立って家へと入った。

 玄関さきに、犬のリードとレインコートがかけてあった。そして黄色い空っぽの水入れには、『マロン』と書いてある。

 彼女に続いて奥へ行くと、リビングに男がいた。若くて、なかなかモテそうなタイプだが、どこか信用できない薄っぺらさを感じた。

「警視庁陰陽課の御崎と申します」

「同じく町田ですぅ」

「渡辺竜二さんですね」

「はい」

 それよりも気になるのは、リビングの隅に置いてある人形だ。茶葉でできた犬。

「あの、もしかしたら、ケロさん?」

 冬美さんが、にっこりと笑った。

「はい。あれ、見て下さったんですか?」

 神様が見せてくれた、茶葉でできた犬の人形の作者だ。

「はい。精巧にできていたので、驚きましたあ」

 直がにこにことして答え、それを見る。

「半月前にマロンが死んでしまって、悲しくて悲しくて。それで作ってみたんです」

 僕と直はそれをしんみりとしながら見た。憑いているのがマロンだろう。なるほど、そっくりだ。

 それから改めて、渡辺さんの方を向いた。

「駅での事故について、もう一度詳しく状況をお伺いしたいのですが」

 渡辺さんは包帯を巻いた足首を見てから、口を開いた。

「駅で、乗り換えの為に隣のホームへ行く階段を上がろうとしていたんです。突然犬が吠えかかって来て、驚いて階段から落ちたら、犬がすうっと消えたんです」

 心配そうに、冬美さんが寄り添う。

「その犬に、見覚えはありましたか」

 渡辺さんは首を捻った。

「さあ。わからなかったですね」

 マロンが渡辺さんを警戒するように睨んでいる。

「渡辺さんはいつからここに?」

「そろそろ1ヶ月でしょうか」

 ほかに2つ3つ当たり障りのない事を訊いて、取り敢えず帰る事にすると、渡辺さんはホッとしたように肩の力を抜いた。

「ああ。因みに今日は、どちらへ行かれる予定に?」

 渡辺さんはやや言葉を探すようにしてつまり、

「レストランを自分でやろうと思いまして。ちょうどいい空き店舗を見つけて、前金を入れようと」

と言って愛想笑いをする。

 それに冬美さんは、

「私が代わりに契約して来るわよ、本当に。だって、すぐにお金を渡さないと別の人も入りたがってるって」

と言うが、渡辺さんは笑った。

「いいんだ。縁がなかったんだよ。ありがとう」

 それに冬美さんはちょっと笑い、マロンは渡辺さんを睨んだままだ。

「また、お話をお伺いしに来ると思いますが、よろしくお願いします」

 僕と直は外に出て、冬美さんが中に引っ込むと、言った。

「怪しいな。サギじゃないだろうな」

「調べた方が良さそうだねえ」

 僕達は急いで、調査に取り掛かる事にした。




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