第904話 チビッ子編 👻 なにかいる(3)後悔

 シャワーを出して、頭からかける。

 足元にシャンプーの泡とお湯が流れて行く。それを、赤くならないのを確認するように、怜はじっと見ていた。見ていたので、泡が目に入った。

「痛い、いたたたた」

 目は、閉じなくてはならないらしかった。

 ようやく流し終え、体を洗い、浴槽へ入る。

 が、気になって、辺りをやたらとキョロキョロしてしまう。

 外から何か音が聞こえる度に、ビクッとしてしまう。

「う……えっと、そうだ。何か歌おう。

 おばけなんてないさ――いや、別なのがいいな。

 通りゃんせ、通りゃんせ――何か怖いな。何でかな」

 仕方がないので、さっさと上がって、飛び出した。

 リビングに行くと、兄が電話を切った所だった。

「もう上がったのか?

 ん。まだ濡れてるじゃないか。ちゃんと拭かないと風邪をひくぞ」

「うん」

 そして司にガシガシと髪をバスタオルで拭かれて、少しホッとした時、

「じゃあ、兄ちゃんも入って来るか」

と司が言って、バスルームへ行った。

 そして怜はリビングに1人残され、ビクビクとする事になった。

「そう言えば、流し台の排水溝から手が出て来たんだったな」

 言った時、冷凍庫で氷ができてガラガラと音を立て、思わず怜は飛び上がった。


 司は入浴しながら、クスリと笑った。

 大丈夫と言いながら、怜は怖かったらしい。

「まだまだ子供だな。かわいいもんだ」

 Tシャツの裾を掴まれ、裾がしわになっていた。

「泣き虫だった頃が懐かしいな。

 1人でトイレに行けるかな。まあ、何だかんだ言って怖いだろうしな。ついて行ってやるか」

 今日、両親は親類の家に法事の為に泊まりで出かけている。なので、怜はリビングで1人、心細い思いをしているに違いない。

 そう思うと、司は、手早く入浴を済ませて、リビングに戻るのだった。

 案の定、怜は小さくなって、やたらと辺りをキョロキョロしていた。

 そして、司を見ると、ホッとしたような顔をする。

 司は笑わないようにしながら、

「じゃあ、寝るか。

 ああ、寝る前にトイレに行こうかな。怜も行くか?」

と訊くと、怜があからさまにホッとしたように、

「行く!」

と答えた。

 そして司は、トイレの前で、声に出さないようにして肩を震わせて笑った。

 怜はトイレに入っても、周囲が気になった。なので、ずっと司に話しかけて、そこに司がいる事を確認し続けていたのだ。

「兄ちゃん、晩御飯美味しかったね」

「そうだな」

「兄ちゃん。あしたのラジオ体操一緒に行く?」

「兄ちゃんは行かないけど、怜は休まずに行くんだぞ。直も来るだろ?」

「うん。兄ちゃん」

「ん?」

「えっと、何でもない」

 司は会話しながら、かわいいなあ、と思っていた。

 トイレから出ても、司が出て来るまで、怜はドアの前で話し続けた。

 そして、自分の部屋に入り、ベッドに横になると、司は

「おやすみ」

と言って、電気を消して自分の部屋へと戻って行った。


 怜は暗い部屋で、眠れずにいた。

 寝ていると、金縛りというやつになっていたのを思い出したのだ。

 それに、カーテンが今動いたような気がする。

 何かを見れば怖い。目をつむっても怖い。

「兄ちゃん……」

 怪談なんて、見なければ良かった。そう後悔する怜だった。



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