第574話 百万両の夜景(4)集合
駅前のタクシー乗り場には、列ができていた。クリスマスを直前に控えた土曜日の夕方だけはある。
「レンタカーだと止める場所に困るし、待つしか無いわね」
「どこかから呼んだ方が早いわ」
「じゃあ、そこの病院にしましょう」
そばにあった病院の前に美里達3人は移動して、そこからタクシーを呼ぶ事にした。
電話をかけて呼ぶ方が、優先になるのだ。
「まあ。これも大きな建物ですわね」
「そうね。この辺りでは有名な病院のひとつだしね」
「有名人はよくここに入院するわねえ、そういえば」
「あれは何ですの!?」
サイレンを鳴らして走って来る救急車に、初音はギョッとしたような顔を向けた。
「えっと、救急車……急病人やけが人を運ぶ車よ」
「まあ!あのような寝台!足が出て来たわ!」
折り畳み式のストレッチャーに目を丸くする。
いい加減美里も千穂も初音の世間知らずに慣れて、麻痺して来た。
「確かにあれは、発明よねえ」
「そうよね。考えた人、凄いわ」
呑気に眺めながらそう言い、中へ運び込まれて行くのを見送る。
「あ。電話」
思い出して、バッグから千穂がスマホを取り出す。
「きれいな板ですわねえ。そう言えば、たくさんの方がそういう物を持っていらした様な……」
「スマホ――電話よ」
「で、電話でございますか!?まあ!私、電話という物を、まだかけた事がございませんわ!そのような薄い板でしたの。まあ!」
「ええっと、かけてみる?私の電話に」
「よ、よろしいのですか!?是非!!」
その食いつきに、文明からここまで遠ざけられていたとは、まさか監禁でもされていたのかと、美里と千穂はそう思った。
そして、線でつながっていないのに離れた人と会話ができるという魔法のような機械に初音が驚愕していると、声がかけられた。
「初音さん!」
揃って、そちらを見た。
「え、学生?老けてるわね。恰好いいけど」
「いえ、あれは昔の軍服じゃないかしら、千穂ちゃん。ドラマで見たわ」
「静様!?まあ!」
初音は驚き、真っ赤になりながらも、嬉しそうだ。
「どうしてこちらへ?」
「それは私が聞きたい。なぜこのような所へ?しかも、1人で」
その20代くらいの青年は、初音に向かって言ってから、美里と千穂に気付いたように黙礼した。
「ちょっと、出てしまったの。それで、好奇心で、少し。
困っていたらこの方たちに助けていただいて。今から百万両の夜景を見に連れて行って下さるのよ。私、静様がお帰りになったら、とびきりきれいなガス燈の灯りの見えるそこへ、ご案内しようと思って」
「それは、どうもご迷惑をおかけしました。ありがとうございます」
「いえ」
「お気になさらず」
言って、美里と千穂は笑った。
「ご一緒に行きませんか」
「よろしいのですか」
「ええ、勿論」
「タクシー……ええっと、車を呼ぼうとしていたところですよ」
言い終わるかどうかという時、目の前に、すうーっと車が1台滑り込んできて滑らかに止まった。降りて来て頭を下げたのは、執事である。
「お嬢様、お探し致しました。これは、静様。失礼致しました」
「こんにちは。御無沙汰しています」
美里と千穂は、もう何が来ても驚くまい、と思った。
目撃情報をSNSで拾い、つなぎ合わせる。
「青年将校は、幽霊ハイヤーに乗ったらしいねえ。しかも、あと3人の女性と」
「まとまってくれたらありがたいが……何なんだ?」
「……あれ?その3人の中の1人が、美里様に似ているって書き込みがあって、もう1人は、千穂ちゃんみたいにも……読めるかねえ?」
「……どういうことだ?それ、どこだ?」
「乗り込んだのは慶応大学病院前で、向かっているのは山の方だねえ」
僕はすぐ、美里に電話してみた。
『はい。どうしたの。終わったの?』
「まだだが、今、千穂さんもいっしょか?」
『そうよ』
「青年将校と、もう1人の女性と、ハイヤーに乗ってる?」
『メンバーは正解よ。でも、乗ってるのは、執事さんの運転する車よ』
「執事……?」
僕と直は、顔を見合わせた。
「もしかして──いや。
今、どこに向かってる?」
『夜景スポットよ。千穂ちゃんが直君に教えてもらったとかいう所』
「わかった。僕達も向かうから」
『え?』
僕は通話を切ると、直と顔を見合わせた。
「とにかく行こう。訳はわからないが」
「そうだねえ。
例の、猫の怪談のあそこだよ」
タクシー会社に、急いで電話した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます