第564話 矜持(3)見えざる手

 死ぬ程の事になるとは予想外だったというが、事故を起こして脅すというのを請け負ったのは本当らしい。その話を持って来たのは秘書で、交渉その他は、ずっとその秘書が1人でしていたそうだ。

 もしもの時は、『秘書がやった。私は知らん』を使うつもりだろう。

 病院で主治医から余命の話を聴き、会議室で座っていたら、秘書が現れたそうだ。

「病院、もしくは主治医が、上谷川議員側とつながってるのかな」

「主治医の先生は、上谷川先生の秘書のお嬢さんの旦那さんですよ」

 高岡の言葉に、納得した。

「そこで、目を付けられたわけですか」

「私もバカだったんです。まだ子供も小さいのにこの先どうしようかと心配で。もう、それしか道はないと、思い込んでしまった」

 がっくりと項垂れる高岡だったが、終わった事は仕方が無い。

「その証拠が何かあるといいんですが……」

「証拠ぉ。ううーん」

 真剣に考える。

「宝くじの当たり券を探すというのもねえ」

「ちょっと無理だな」

 3人寄れば文殊の知恵と言うが、ちょっと思いつかない。

 まあ、それでも真実はわかった事だし、悪くはない。僕達は高岡を家まで送って、子供達の笑顔に見送られて高岡家を辞した。

 そんな時だった。SOSの連絡が飛び込んで来たのは。

『富永だ。真梨さんの家が空き巣に荒らされた』

 電話を切ってそちらに向かいながら、

「次から次へと、面倒臭い事が起こるな」

と、嘆息した。


 真梨さんの家は小さな賃貸マンションで、両親は既に亡く、ここで兄妹2人で暮らしていたそうだ。

 部屋という部屋が荒らされ、カーテンは引きちぎられ、タンスの引き出しはひっくり返され、冷蔵庫の中身も全て出され、服の上に嫌がらせのように化粧品がまかれていた。

「これ、クリーニングでも落ちないとか聞いたぞ」

 真梨さんは、重い溜め息をついた。

「盗まれたものは……わかりそうですか」

「……はっきりとは……」

「だよねえ」

 何があるのか、無いのか、さっぱりだ。これを元に戻すのは、並大抵の事では無さそうだ。

「まあ、ぼちぼち片付けます。大掃除か断捨離と思えば……」

 悲愴な笑顔だった。

 富永と3人で、ちょっと離れる。

「所轄は何て?」

「空き巣ですね、と。指紋も出ないし、髪なんかの遺留物もないらしい。プロだな」

「プロねえ」

「何のプロやら」

 そして、こちらで掴んだ事を知らせておく。

「ますます怪しいじゃないか」

「でも、とにかく証拠が無いんだよ」

「上手いよねえ」

「こっちの事は良く知ってるからなあ。くそっ」

「富永、早まるなよ。タイミングを間違えば、警戒されて、もう打つ手は無くなるんだからな」

「わかってるよ」

 それから真梨さんを手伝って片付けをし、何とか片付けたのは、数時間後だった。

 4人でお茶を啜る。

「ありがとうございました。1人だったら、何をどうしたらいいのか……」

「いえいえ」

「でも、本当に空き巣かしら。何かこの頃、視線を感じるんですよね。家の中でも、外でも」

 富永がこちらをチラッと見るが、首を横に振る。正高さんは、もう祓った。

「それに、空き巣ってこんなにします?これ、単に暴れて散らかしただけでしょう?嫌がらせと言われた方が、嫌だけど納得できます」

 女の勘は鋭いしな。

「確かに。壁紙を破ったりする空き巣はいないだろ、直」

「うん。御隠居に相談すれば一発だとは思うけど、おかしいよねえ。空き巣って、留守の間に忍び込んで、帰ってくる前に短時間で退散するのが普通だと御隠居は言ってたよねえ」

「あの人が言うなら間違いない。盗犯一筋の生き字引きだからな。

 だとしたら、これは何だ?」

 4人で、部屋中を見回す。

「調べるか」

「富永、ひとっ走り、借りて来い。この近くだっただろ、お前の研修配置の署」

「おう!すぐ隣だ。すぐに戻る!」

 富永はすっと立ち、走り出て行った。


 帰って来た富永は盗聴器発見機を借りて来ており、それで探したところ、天井裏や壁の中やコンセントから10を超える盗聴器が見つかった。隠しカメラは7つ。

 青い顔をする真梨さんに、

「ドアも窓も、鍵を複数にして、勿論鍵は付け替えて。できれば、カメラを取り付けるか、警備会社と契約するのがおすすめですねえ」

「真梨さん。女の子の一人暮らしなんだし、できればそれがいいです。盗犯経験者だから間違いないです」

 富永が熱心に勧める。

「外出時は防犯ブザーも忘れずに。

 ああ。持っていても、カバンの中に入っていて間に合わないとかいうケースが意外に多いので、すぐに使える状態で持つようにして下さい」

「こっちは強行犯経験者なんです」

 富永はいちいち解説して、信ぴょう性が高い話だと言っているつもりらしい。

 真梨は考え、

「ちょっと、考えてみます。警備会社はお金の事もあるし、取り敢えず、鍵と防犯ブザーを」

と言って、富永は少し安心したように頷いた。




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