第558話 一家惨殺(1)10年目の新情報

 日本の警察は優秀である。それでも、まだ解決に至っていない事件がある事も事実だ。そしてそれは、捜査官の努力によって報われる事もあれば、思わぬ何かからひょいと解決につながる事もある。

 その事件も継続捜査をされていたが、犯人につながる手掛かりは、未だ見付かっていなかった。

 一家惨殺事件。

 開発中の住宅地というただでさえ人の少ない場所で、ゲリラ豪雨の最中という中で起こった事が、事件解決への障害となっていた。

 郊外の開発中の住宅地に先に立った一軒、添川そえかわ家。世帯主の元也もとや、妻の昌子まさこ、長女の美夏みか、長男の一茂かずしげの4人の遺体が見付かったのは、夏休みの終わりの事だった。会社も無断欠勤し、連絡もつかず、家に様子を見に元也の同僚が家を訪ねて行くと、近所でも、ラジオ体操に子供達は出て来ない、昌子は買い物にも洗濯にも姿を見せないと、少し離れた所の住宅地の人達が集まって言っていた。

 ポストには豪雨に濡れた後で乾燥した新聞が3日分溜まっており、誰もが不吉な予感を抱き、近くの派出所に連絡を入れた。

 それで見付かったのは、暑さですっかり腐乱の進んだ、一家4人の惨殺死体だった。

 何せ、ただでさえ人が少ない場所で、豪雨のせいで出歩く人もいなければ、悲鳴や物音もかき消され、目撃情報は皆無。遺留品は何かとたくさんあったが、全て量産品の物ばかりで手掛かりにならず、犯人のものと思われるDNAも指紋も登録がない。お手上げだった。

 犯人は一家を殺した後、翌日の早朝まで家に居座って食事をしたりパソコンを使ったりしていた事が電気の使用状況やパソコンのログからわかっており、犯人の異常性を際立たせ、連日ワイドショーを賑わせたものだ。

 それも次の事件に取って代わられ、いつの間にか、継続捜査はされているが人員は縮小され、人の口に上る事も無くなったいった。

 それを久々に思い起こす事になったのは、四国の地方警察署からの連絡が原因だった。

「旅行中にバッタリと倒れて担ぎ込まれた男性が、『来るな』『スマン、添川さん』と譫言を言っていたらしい」

 徳川さんが言う。

 徳川一行とくがわかずゆき。飄々として少々変わってはいるが、警察庁キャリアで警視長。なかなかやり手で、必要とあらば冷酷な判断も下す。陰陽課の生みの親兼責任者で、兄の上司になった時からよくウチにも遊びに来ていたのだが、すっかり、兄とは元上司と部下というより、友人という感じになっている。

「添川。あの事件の被害者の添川さんかな。間違いなく」

 御崎みさき れん。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「年齢的には、添川元也と同年代らしい。ただし、身元を示すものが何も無く、本人も黙秘しているそうだ」

「待って下さいねえ。それが犯人だとしても、あれって10年前の事件ですよねえ。今も、憑き続けているものですかねえ」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。

 それは僕も疑問に思っていた。

 徳川さんは困ったように、

「でも、まあ、来てくれという事だし、上も行けと言って来てるんだよね」

と言う。

「地元霊能師が、憑いているかどうか確認するだけでも違うのに?」

「無駄な出張になるかも知れないのにねえ?」

「まあ、大きな事件だったからな。ちゃんと力を入れて捜査を続けていますよ、という姿勢を見せたいのかな。

 とにかく頼むよ。2人に指名で来てるから」

 徳川さん自身も納得していない顔付きだったが、こうして僕と直は、四国へと行く事になり、大阪行きの新幹線に飛び乗る事になったのだった。




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