第559話 一家惨殺(2)西国で倒れた男

 新幹線を降りた後、橋を渡って高松へ。ぼっちゃん、道後温泉で有名なところである。

 とは言え、観光地からは離れていた。

「患者は道端に倒れているところを発見されて、救急車で運びこまれて来ました。

 検査の結果、肝硬変と腎臓の機能が落ちている事がわかりました」

 若い主治医はそう言って、カルテをパタンと閉じた。

「ありがとうございました。

 とにかく、会ってみるか」

「そうだねえ」

 僕と直は、病室へ向かった。

 部屋の前に立っている警察官の敬礼に軽く頭を下げ、ノックをして、ドアを開ける。

 ベッドに寝た男は、疲れ切った顔をしていた。顔色も悪い。

「こんにちは。

 ええっと、何とお呼びすればいいですか。名前を教えて頂けたらありがたいんですが」

 男はこちらへ興味の無さそうな目をチラッと向け、

「権兵衛でも何でも、好きにどうぞ」

と言う。

「名無しの権兵衛ですかねえ」

「好きに……じゃあ、さんまとかミトングローブ左手とかえりなとかデビ夫人とかでもいいですか」

 男は表情を変え、困ったように、

「じゃあ……うどんで」

と言った。

 まずは、会話したぞ。しかし、うどんかあ。

「うどんさん。きつねですか、てんぷらですか」

「何でもいいから。詳しく突っ込むところ?」

 男がちゃんとこちらを見た。ようし、ようし。

「え、だって、名字と名前みたいなものでしょ?カルテも、うどんと書いてもらわないと」

「おかめ、す、わかめもあるねえ」

「おかめさんとか、すさん?わかめちゃん――あ、すみません。サザエさんとごっちゃになりました」

「……もういいです。宅間で」

 男は宅間と根負けしたように名乗り、溜め息をついた。

 その傍らで、宅間さんを見下ろす4人の霊が、クスリと笑った。資料で見た、添川さん一家だった。

「さて、宅間さん。お話を聴かせていただきたいんですよ。あなたが譫言で言っていた『添川さん』とは、どの添川さんですか」

 宅間さんが、緊張する。

 と、いきなりドアが開いて、スーツを着た男が、警官に止められながら顔を覗かせた。

「ちょっと、あんた。病人に取り調べですか。状態が悪いのがわからないんですか。出て行って下さい!」

「あなたはどちら様ですかねえ?」

「弁護士の榊です」

 榊と名乗ったその男は、名刺を僕と直に手渡して来た。

「お宅達は?県警から?巡査部長?」

「警視庁から来ました、御崎 怜、警部です」

「同じく、町田 直、警部です」

 それで、榊さんはちょっと偉そうな雰囲気が収まった。そして宅間さんは、体をビクッとさせた。

「警視庁から。ほう。何でまた」

「陰陽課なんですがね」

「そう言えば、想像できるでしょう?」

 僕達が言うと、宅間さんは落ち着きなく震えて布団を握りしめた。


 追い出された僕達は、廊下で話していた。

「弁護士って、宅間さんが呼んだのかな」

「電話代はあったんだねえ」

「それにしても、驚いたな」

「10年間一家4人で憑りついて、何もせずに見ていただけなのかねえ?」

「それも怖いな……」

 言っていると、榊さんが出て来た。

「あ、警察の……。

 まだいたんですか。病状に触りますので、面会は禁止させていただきます。病院に、そうしてもらいますので」

「あの、宅間さんから弁護依頼があったんですか」

 答えないだろうな、とは思ったが、一応訊いてみた。

「はい。それが何か?」

「名前も言わず、現金もなく、どうやってかけたのかな、と」

「テレフォンカードですよ」

「お知り合いだったんですかねえ」

「昔の、修習生時代に、近所で――そんな事どうでもいいでしょう!?」

 喋りかけたのに、惜しい!榊さんは行ってしまった。

「榊さんについて調べてもらおう。それで修習生時代に宅間さんと接点があったはずだから、何か出るかも」

 僕と直は、徳川さんに電話をかけた。





 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る