第552話 水底からの告発(3)這い上がる

 早朝から、橋脚工事の現場に警察のダイバーが潜っていた。

「ここは力丸建設の現場です。昨日は工事をしていたので近付く事ができなかったんですが、やっぱりそうか」

 橋脚を作る土台作りをしている最中らしい。大きなクレーンで、ブロックを沈めているところだ。

「この下に遺体を沈めて固められたら、二度と見付からないところですよ」

「何としても見つけないと」

 しかし、海水は酷く濁っていて、探し出すのは困難だという。

 そうこうしていると、力丸達が、工事の邪魔をするのはいい加減にしてくれと言って来た。

「ここに何かお探しのものがあると言い切れるんですかい?」

 チンピラが凄む。

「それは……ある!」

 捜査員が無理やり自信たっぷりに言って、睨み合った。

 と、西川さんは力丸から離れ、フラフラと海の方へと近付いて行く。

 僕と直はそれを目で追った。

 やがて、西川さんは縁に立つと、僕達を振り返り、それから、足元の海面を見た。

「そこですか」

 僕と直は近付いて、横に並んで、覗き見る。

 濁った海水が、岸に打ち寄せられている。

 そこへ、西川さんがふわあっと浮いて、一点に向かうと、足先からゆっくりと、海に入って行く。

「ダイバーさん、そこのベニヤ板の浮いてる所」

 ダイバーが、寄って行く。そして、西川さんは、ドプンと沈んで行った。

「そこを真っすぐ下に潜ってみてくれませんか」

「はい」

 ダイバーが、言う通りに潜っていく。

 全員が、縁に並んで海面を見ていた。

 その中で、黒塗りの車が背後に止まると、スーツ姿の男が下りて来て怒鳴った。

「何をしている!?工事の邪魔をされて困ると訴えられて来てみれば、警察が邪魔をしているのか!」

「ああ、先生!」

 力丸が笑いながらそちらへ行くが、僕達は無視していた。

「おい!無礼だな!」

 ムッとしたように言う盛実議員だったが、その時海面には気泡がボコボコと浮き、じれる僕達の前に、ゆっくりとダイバーが姿を現した。

「この下にあるブロックの隙間に、人の遺体を発見しました!」

「いよっしゃあ!」

「なっ――!?」

 捜査員と力丸・盛実で、顔付きが分かれた。

「というわけです。工事は中断、遺体を引き上げます。ここは今から、我々の現場です」

 捜査員は胸を張って言い、慌ただしく動き出した。

「そ、そんな……」

 盛実議員は踵を返し、

「そういう事ならしかたないな。私は関知しない。力丸さん、私は力になれないようだ」

と言う。

「先生!?」

「失礼する」

 力丸は、忙しく何かを考えているようだった。

 が、そこで、ピタリと全員が動きを止めた。


     待って下さい、先生


 どこからか、声がする。

 そして、濡れたものが立てる、ピシャッという音がした。

「え?」

 盛実議員も力丸も、音のする方、海の方へ目を向けた。

 皆が、そちらを凍ったように見ている。

 縁に、灰色の何かがかかっている。さっきまでは無かった何かだ。

「あれは何だ?」

 目を凝らして盛実議員がそれを良く見ようとした時、その向こうに、グイッと大きな何かが現れた。

 それが、縁に手をかけて上って来たヒトだと気付いた時、盛実議員も力丸も、

「ヒイッ!?」

と無意識のうちに声を上げていた。

「ななな――!?」

「西川太蔵さんですか?」


     はい


「西川太蔵さんの、霊ですねえ」

 西川さんは、ずぶ濡れな上に全身灰色に変色し、髪は乱れ、地面に這っていた。というのも、足が折れ、立てないのだ。ブロックに押し込む時に、長さを調整されたのだろう。そして、胸に大きな裂傷があるらしかった。

 盛実議員は腰を抜かして座り込んだ。




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