第545話 仕事熱心な男(2)工場見学

 所轄の担当者は、車を運転しながら、緊張した声音で言った。

「私も、夜中に行きました。確かに機械音がしていたんです。でも、鍵を開けて中に入ると、誰もいないし、音も止まるんです。お、お化けですか」

 助手席の方も、緊張しながら答えを待っていた。

「行ってみないと確かな事は言えませんが、可能性は低くはないですね」

 2人は、何とも言えない顔をした。

「工場は、時間外勤務をさせていたとか、休日を満足に取らせていなかったとか、聞きましたけどねえ?」

「はい。でも、証言も証拠もないんです」

「タイムカードの上では問題なしで」

「ここです。つ、着きました」

 ビクビクしながら、工場の敷地に入り、車を止める。

 そう大きな会社ではないが、建物は古そうだ。音も漏れて来ており、深夜なら響くかも知れない。

「どうでしょうか?」

 聞きながら、さりげなくポケットから数珠を取り出して手首に嵌める。若い方はお守りだった――交通安全だったが。

「今のところ、おかしな気配はありませんね」

「まあ、夜に出直す必要はありそうですねえ」

 工場入り口のインターフォンを押すと、事務所から、事務員が出て来た。50前の女性で、化粧気も笑顔も無かった。

「工場長と約束をしていました、警察の――」

「ああ、どうぞ」

 最後まで聞かず、ドアの中に誘う。

 小さな事務所で、机は3つ。1つは彼女のデスクで、1つは眼鏡をかけた気弱そうな男が座って電卓をたたいていた。残る1つに座る不機嫌そうな作業着の男が、立ち上がる。

「警察の。まあ、どうぞ」

 言って、隅の応接セットを手で勧めて、自分も座る。

「失礼します」

 座ると、さっきの女性事務員が、人数分のお茶を冷蔵庫のペットボトルからガラスのコップに淹れて持って来た。

「深夜の騒音騒ぎですが」

「迷惑してるのはこっちですよ」

 工場長は顔をしかめて言うと、お茶をグビッと飲んだ。

「操業してないのに難癖をつけられて。幽霊なら、どうやってやめさせるんです」

「その為に、警視庁から陰陽課の専門家に来てもらいました」

 ジロリと、工場長は僕と直を見た。

「専門家?」

「御崎 怜警部。霊能師です」

「町田 直警部。霊能師ですぅ」

 バッジを提示して言い、それをしまう。

「工場長の、在原権介ありわらけんすけです」

 いやいやという感じで、そう言う。

「早速ですが、先月の事故についてお聞かせ下さい」

 その途端、眉をピクリとさせ、表情を硬くした。

「あれは事故だ。本人の不注意による事故だ。休みもちゃんと取らせているし、残業も法律の範囲内だ。タイムカードでもそうなっているし、皆そう言っているだろう」

 視界の隅で、2人の事務員が、一瞬動きを止めた。

「そちらは我々の管轄ではないので。

 事故の時の様子、第一発見者は?」

 在原さんは息を大きく吸って、吐いて、口を開いた。

「昼休みが済んで工場に入ったら、プレス機が動いていて、中川が死んでいると工員が知らせて来た。慌てて行ったら、プレス機に下半身を挟まれて、上半身はあおむけで床に落ちた状態で……切り離されて……」

 男性事務員が、口元を押さえて出て行った。女性事務員は、フンと大きな鼻息をさせた。

「で、深夜の騒音の元は、そのプレス機なんですかねえ」

「知るわけ無いだろう!?」

 在原さんはいきり立って怒鳴り、頭を抱えるように座り込むと、小さな声で、

「すみません」

と謝った。

「とにかく、工場を見せて頂けますか」

「はい」

 僕達は在原さんの先導で、工場に入った。

 工場内は、普通の声で喋っても聞こえないくらい、色んな音がしていてうるさかった。

 問題のプレス機はかなり大きなもので、畳1畳分くらいあった。そばに高くなったところがあって、そこから、成型したい大きな金属の板を入れたりするらしい。送るのは機械だが、工員が1人ついて、そのボタンを操作するらしい。

「あの作業台から滑り落ちるか何かしてプレス機に挟まれたらしいです」

 そばを通る材料の板の乗ったベルトコンベヤーに足を取られたか、倒れ込んだまま、コンベヤーが進んでプレス機まで進んだか。

 今は、何もいない。

 ただ、「仕事をしないと」「早くやらないと」という思念だけが、そこにあった。

「これは、夜に出直さないとな」

「そうだねえ」

 僕と直は騒音の中で、声をかき消されながら、そう言い合った。



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