第519話 道連れ(3)分身

 長沢家に急行する車の中で、あらかたの事情を聴いておく。

「長沢邦夫の両親と弟から事情を訊いていたところだったんですが、突然、辺りの物が勝手に飛んだりし始めまして」

「外に避難は」

「鍵がかかっていないのに、外に出られないそうで」

 困惑したように捜査員が答え、車は長沢家に到着した。

 怒った霊の気配が家を包んでいる。しかもこれは、封印している長沢邦夫と同じものだ。

「どういう事かねえ」

「わからないが、とにかく、中へ入ろう」

 直と、玄関に立つ。

 家を包む結界を破って、ドアを開ける。捜査員と長沢夫婦、弟がしゃがみ込み、床にはガラスや陶器の欠片が飛び散っていた。そして彼らを睨みつけるようにしているものを見て、目を疑った。

「アニメ?」

 まるで3Dアニメだった。鎧のようなものを着て、ブーツを履き、両手で幅広の剣を構えている。そして、3Dアニメとしか思えない顔は、怒りの表情を浮かべていた。

 しかしそれは、紛れもなく、長沢さんの気配を放っている。

「長沢邦夫さんですか?」

 確認してみると、それは頷いた。

「そう言えば、ゲームをやっていると言ってたな」

「長沢さんのゲームキャラですかねえ?」

「そうだ。クニという」

 割とそのままな名前だった。

「何をしているんですか」

「俺を殺した理由を聞きたかった」

 母親は震えながら泣き出し、父親は俯き、弟は怒鳴り返した。

「決まってるだろ。わからないのか?引きこもった挙句に、通り魔なんてされたらたまらないからだろ。今だって親父達に暴力を振るう時があるのに!」

 クニはカッと目を見開いて、剣を振り上げた。

「何だと!?」

 それを、僕が刀で受け止める。

「そういう所だよ!」

 弟の叫びに更にカッと激昂するクニを、直が札で縛った。

「さて。お伺いしないといけない事が色々とありそうですね」

 それでようやく弟も、何を口走ったか思い出したらしい。青くなって、口をつぐむ。

「私が悪いんです。私がやりました。もう私も75なのに息子がこうでは、後が心配で。外で事件でも起こされる前にと――」

 父親が言うのに、クニが叫ぶ。

「俺だって好きで閉じこもってたわけじゃない!辛いんだよ!仕事は上手く行かないし、イライラしてるのに、親父達はすぐに働けだの、仕事を見付けろだの。見つかるくらいなら引きこもってない!」

 母親が声を上げて泣き出した。

「とりあえず、詳しい話を署でお伺いします」

 捜査員がそう言って彼らを促し、直は、クニと邦夫を一緒に戻して封印しておいた。


 味噌汁のお椀を並べ、席に着くと、皆で手を合わせる。

「いただきます」

 サバのトマトソースがけソテー、もやしとニラのナムル、わかめサラダ、豆腐とあげとネギの味噌汁。

 ナムルはとにかく火を通しすぎない事だ。熱湯にまずニラの固い所を入れ、すぐにもやしを入れ、ニラを入れ、混ぜて火を止めてザルに移す。それを絞って、ごま油、塩、白ごまを入れて混ぜるだけ。サバはフライパンで焼いて皿に乗せ、トマトのザク切りかトマト缶をフライパンで温め、塩、コショウ、しょうゆ少量とで味を調え、サバにかける。ここに、炒めたズッキーニやパプリカなどを混ぜるとよりいいし、オリーブオイルをひと垂らしすると風味がいい。

 甥のけいがニラもサバも機嫌よく食べているのに安心していると、兄も、

「うん。サバが夏向きだな。美味しい」

と言う。

 御崎みさき つかさ。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。

「ホント。イタリアンにもなるのねえ」

 冴子姉も、気に入ったらしい。

 御崎冴子みさきさえこ。姉御肌のさっぱりとした気性の兄嫁だ。母子家庭で育つが母親は既に亡く、兄と結婚した。

「プチトマトを使っても美味しいし、パプリカ、玉ねぎ、ズッキーニ、バジルを入れて豪勢にしても、ボリュームが出るしね。脂の乗ってないサバは、塩焼きよりもこっちがいいかな」

「その場合は、ワインに合いそうね」

 敬は塩サバやサバ味噌よりもこっちが好きらしく、一心不乱に食べている。

「ええっと、兄ちゃん。冴子姉。ちょっと相談があるんだけど」

「ん、何だ?」

「僕も社会人になったし、そろそろ独立するべきかなあと思って」

「――!?」

 兄が衝撃を受けたような顔で固まった。

 しまった。食後に切り出すべきだったか。しかしもう遅い。

「どうして?」

「いやあ、周りを見ても、皆寮か一人暮らしか家族を養ってるかだし」

「そりゃあ、あれだ。警察官は基本寮だからだろう」

「まあ、そうなんだけど。でも、甘えてるなあと思って」

「怜君、そんな事ないわよ。いいじゃない、結婚するまで実家暮らしで」

 直の予測通りになって来た。

「そう言ってもらえるのはありがたいんだけど、どうも、出遅れてる気が……。

 同じ年どころかもっと前に、兄ちゃんは僕を養ってくれてたんだし」

「それは――」

「兄ちゃん。もしお父さんとお母さんが事故に遭ってなかったら、ずっと家にいた?」

「……その場合は、地方へ転勤があっただろうしな……」

 兄が考えながら言い、

「いや、それでも自宅から通える場合は、自宅から通ってたと……」

 兄も冴子姉も、狼狽えている。

「怜。まあ、その件はゆっくりと改めて考えよう。焦らずに。いいな」

「そうそう。その方がいいわ。うん」

「おかわり!」

 狼狽える大人をよそに、快調に食べていた敬が、お茶椀を差し出した。

 そう言えば、兄だけでなく、敬の説得も大変そうだなあ。僕はそう思って、覚悟をした。



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