第518話 道連れ(2)紛れ込んだ事件
自殺した人間も、死にたくてうずうずして死ぬわけではない。どうしようもなく、ほんの僅かなその時の天秤の傾きで、死を選んでしまった人もいる。本当は生きたかったと、死ぬんじゃなかったと、後悔する人もいる。
ここにいる十数人の霊は、皆、生者を羨み、死の世界に引きずり込もうとしていた。
「最初のうちは本当に死にに来た人だったのが、引きずり込まれて死んだ人もいるな」
「本当に迷惑だねえ」
捜査員2人には外の安全な位置で待機してもらい、僕と直は中へ入った。
攻撃してくるものから順に祓っていく。そして、混乱しているもの、メソメソしているものには、一応声をかけて成仏を促す。
残ったのは、その1体だった。
50歳前後の男性で、
「俺は殺された。どうして?そんなに俺が悪いのか?あんまりだろう?」
と繰り返している。
「直。彼の件は調べた方がいいと思うんだが」
「そうだねえ。封印しておこうかねえ」
成仏させずに、捜査員2人を呼んで、可視化して会わせる。そして、事情を話してから封印した。
「この人は、1ヶ月前の人ですよ」
「自殺に疑いありですか」
俄かに、2人の表情が引き締まる。
「再調査をしてみるよう、報告します」
「はい。陰陽課からも詳しい報告はしますので」
そうして、僕達は戻って行った。
余談だが、ごましおが役に立たない事を、告げるのを忘れた。
戻ってから、結界を張ってその中で封印を解いて、霊からよく話を聴く。
男は、
家族は両親と弟で、弟は結婚し、近くに住んでいるらしい。
家から出るのは、散髪に行く時と、本屋やスーパーに行く時だけ。勤めていた時の貯金を切り崩し、無くなった後は、月に数万円の儲けが出る程度デイトレードをして生活費を稼いでいたらしい。
ある日、ご飯の後に眠くなって寝ていたら、いつの間にかあの廃屋にいて、梁からかかるロープに首を入れて吊るされたそうだ。
「それは、ご家族にですかねえ」
「そうです。父親と弟が俺を支えていて、母親が外で泣いていました」
長沢さんはそう淡々と言って、俯いた。
僕と直は顔を見合わせた。
「また、お話を伺うかも知れませんので、もうしばらく封印させてもらいますが、よろしいですか」
「だったら、ゲームしたいな」
「ああ、申し訳ありませんが、それはちょっと無理でしてねえ」
そして長沢さんの了解を得てもう1度封印をした。
「殺人か」
「あそこは自殺が多いから、紛れ込ませたんだねえ」
「死因も同じにすれば、またか、と思われるしな」
「検視とかで、何も出なかったのかねえ?」
「抱えて首を吊らせたんだったら索状痕も自殺と同じに出ただろうし、足跡も、不特定多数の肝試しの人の足跡があってわけがわからないようになってたのかな。
まあそれでも、椅子の指紋や足跡とか何かはあったと思うが、思い込みがあった事は否めないだろうな」
「何たって、首吊りの家だもんねえ」
僕と直は、重い溜め息をついた。
僕と直は、昼ご飯を食堂で摂っていた。日替わり定食A、冷麺だ。Bはアジフライで、アジは昨日の晩御飯で食べたので、Aにした。
「もう夏だねえ」
「それより、もう、いよいよだな。結婚式」
この前の休みの日に引っ越しをしたのだが、僕も手伝いに行ったのだ。
「ああ、うん。思っていたより大変だねえ。この人を呼ばないとダメとか、スピーチを頼まないとダメとか、もう何と言うか、疲れるねえ」
直は苦笑している。
式は近々ホテルでするのだが、招待客は、なかなかの大人数で大変そうだ。警察官は大抵こうなるらしい。あれを見たら、式は面倒臭そうなので乗り気になれない。
「ははは。まあ、それもいい思い出になるよ。多分」
「そうかねえ。だといいけどねえ。
怜はどうなのかねえ?」
「僕?これと言って別に。
ただ、最近気が付いたんだ。僕もそろそろ、独立するべきかなあって」
「何で!?」
直は目を丸くした。
「周りをみたら、皆そうだろ。寮とか、一人暮らしとか。社会人になっても兄ちゃんにお世話になってるのってだめかなあと。それと、もう少ししたら敬だって部屋がいるし、兄ちゃん達も2人目を考えてるかも知れないし。
新婚家庭と同居をし始めた時も気が引けたが、あの頃はまあ学生だったし、兄ちゃんも一人暮らしに反対してたからな。でも、そろそろ、甘えるのもだめだろ」
直は考えた。
「まあ、わからなくもないけどねえ、敬の部屋とかは。
甘え云々については、司さんにも異論があると思うけどねえ。
とは言え、いつかは怜も家を出るんだろうけど、司さんも冴子姉も、完全に、結婚の時と思ってるだろうねえ」
確かに、兄が結婚する時、僕が結婚するまでは同居だと言ってたな。
「まあ、ちゃんと相談しないとだめだよお?」
「うん。そうする」
僕達は手を合わせてご馳走様と言うと、空のトレイを持って立ち上がった。
そして陰陽課に向かって歩いていると、慌てた様子でこの前の捜査員が走って来た。
「ああ、いた!良かった!大変なんです!」
僕と直は、顔を見合わせた。
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