第510話 求む!事故物件?(1)幽霊がいれば、祓えばいい
新居探し。これがなかなか、簡単ではない。広さ、間取り、値段。取り巻く環境、買い物や交通機関の利便性、勤務地への通勤。夫婦共働きであれば、勤務地は1カ所とは限らない。
「色々と大変で面倒臭いんだなあ。まあ、それもまた、楽しい準備の1つだろうがな」
僕は話を聞いて、苦笑した。
「まあねえ。否定はしないけど、大変は大変だよう。だって、千穂ちゃんの車を入れるガレージ、屋外は絶対に嫌だって言うし」
「ああ。それがあったか……」
「そう。そんな所は大体家賃が高いんだよねえ。いくら2人共働くと言っても、貯金もしないとねえ」
「だよなあ。屋外禁止かあ。
地下駐車場はOK?」
「セーフって言われたねえ」
「車に関しては、妥協する気ゼロだな」
僕と直は、嘆息してビールを飲んだ。
研修配置もとうとう終わり、今日は強行犯係、盗犯係、銃器薬物対策係が合同で、送別会を開いてくれているのだ。
よく通った例の定食屋を借り切り、ひとしきり食べ、飲み、挨拶をして回り、今はもうただの宴会だ。
そこで僕はもうすぐ結婚する直に、新居についての悩みを聞いていたのだ。
直の婚約者である舞坂千穂さんは、別の署の交通課の警察官なのだが、車好きのスピード狂で、仕事中はミニパトを大人しく運転しなければいけないというストレスが余計にそうさせるのか、自分の車のハンドルを握ると別人のようになってしまうのだ。
以前乗せてもらったら、僕も直も、その運転に物理的に酔った。
「ちょっと、怜。明日の休みにでも、今考えてるところ、見てもらえないかねえ」
「僕?あ……」
「そうなんだよねえ。事故物件らしいんだよねえ」
直は、苦笑を浮かべた。
これから1ヶ月の警察大学校での補習を終えると、僕達の場合、警視庁の陰陽課に配属になる事はまず間違いない。そして千穂さんは、どこに転勤するかわからないものの、通勤には電車を使う。
それを考えると、立地は好条件だった。
しかも、近くには大型スーパーも病院もある。
そして千穂さんこだわりのガレージは、地下駐車場だった。
「ここが駐車場代込みで月5万円とは、奇蹟だな」
「半額以下だよねえ。
まあ、幽霊が住んでるんだけどねえ」
「フン。僕達にとっては、障害にはならないがな」
僕と直は、宴会の後早速、不動産屋に行って1晩試しに過ごしてみたいと言い、鍵を借りたのである。大学時代の先輩、真先輩のお母さんが社長を務める不動産屋で、
「告知義務の期間が終わっても、値段を下げたままでも、どうしても借り手がつかない。このまま遊ばせておくよりは格安でもなんでも貸したい。その点、町田君なら問題ないだろうし」
との事だったらしい。
ガランとした部屋に入り、適当に座って待つ。
やがて、静かに気配が湧き上がって来た。
子供部屋にしていたらしい、洋室だ。
ブツブツと声が聞こえる。
「初速度が0で、加速度が40キロで、高さが1メートルだから、ええっと」
公式や年号やそんな事を、ブツブツと唱えていた。
と、リビングダイニングで新たな気配がする。
行くと、母親が一心不乱におにぎりを握りながら、
「大丈夫。合格する、大丈夫」
と繰り返していた。
「親子か?」
「みたいだねえ。受験生?」
「聞いて来よう。まあ、勝手に耳元で暗唱してくれたら公式も年号も自然と覚えられていいかも知れないけど、うるさいもんな。それに、覚えたものまでいつまでも暗唱されてもな。別の物にしてくれないと」
「怜、そういう問題かねえ?」
「ん?」
とにかく、霊を祓ってしまえば問題ないと、そういう事で落ち着いたのだった。
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