第510話 求む!事故物件?(1)幽霊がいれば、祓えばいい

 新居探し。これがなかなか、簡単ではない。広さ、間取り、値段。取り巻く環境、買い物や交通機関の利便性、勤務地への通勤。夫婦共働きであれば、勤務地は1カ所とは限らない。

「色々と大変で面倒臭いんだなあ。まあ、それもまた、楽しい準備の1つだろうがな」

 僕は話を聞いて、苦笑した。

 御崎みさき れん。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師であり、新人警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「まあねえ。否定はしないけど、大変は大変だよう。だって、千穂ちゃんの車を入れるガレージ、屋外は絶対に嫌だって言うし」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、新人警察官でもある。

「ああ。それがあったか……」

「そう。そんな所は大体家賃が高いんだよねえ。いくら2人共働くと言っても、貯金もしないとねえ」

「だよなあ。屋外禁止かあ。

 地下駐車場はOK?」

「セーフって言われたねえ」

「車に関しては、妥協する気ゼロだな」

 僕と直は、嘆息してビールを飲んだ。

 研修配置もとうとう終わり、今日は強行犯係、盗犯係、銃器薬物対策係が合同で、送別会を開いてくれているのだ。

 よく通った例の定食屋を借り切り、ひとしきり食べ、飲み、挨拶をして回り、今はもうただの宴会だ。

 そこで僕はもうすぐ結婚する直に、新居についての悩みを聞いていたのだ。

 直の婚約者である舞坂千穂さんは、別の署の交通課の警察官なのだが、車好きのスピード狂で、仕事中はミニパトを大人しく運転しなければいけないというストレスが余計にそうさせるのか、自分の車のハンドルを握ると別人のようになってしまうのだ。

 以前乗せてもらったら、僕も直も、その運転に物理的に酔った。

「ちょっと、怜。明日の休みにでも、今考えてるところ、見てもらえないかねえ」

「僕?あ……」

「そうなんだよねえ。事故物件らしいんだよねえ」

 直は、苦笑を浮かべた。


 これから1ヶ月の警察大学校での補習を終えると、僕達の場合、警視庁の陰陽課に配属になる事はまず間違いない。そして千穂さんは、どこに転勤するかわからないものの、通勤には電車を使う。

 それを考えると、立地は好条件だった。

 しかも、近くには大型スーパーも病院もある。

 そして千穂さんこだわりのガレージは、地下駐車場だった。

「ここが駐車場代込みで月5万円とは、奇蹟だな」

「半額以下だよねえ。

 まあ、幽霊が住んでるんだけどねえ」

「フン。僕達にとっては、障害にはならないがな」

 僕と直は、宴会の後早速、不動産屋に行って1晩試しに過ごしてみたいと言い、鍵を借りたのである。大学時代の先輩、真先輩のお母さんが社長を務める不動産屋で、

「告知義務の期間が終わっても、値段を下げたままでも、どうしても借り手がつかない。このまま遊ばせておくよりは格安でもなんでも貸したい。その点、町田君なら問題ないだろうし」

との事だったらしい。

 ガランとした部屋に入り、適当に座って待つ。

 やがて、静かに気配が湧き上がって来た。

 子供部屋にしていたらしい、洋室だ。

 ブツブツと声が聞こえる。

「初速度が0で、加速度が40キロで、高さが1メートルだから、ええっと」

 公式や年号やそんな事を、ブツブツと唱えていた。

 と、リビングダイニングで新たな気配がする。

 行くと、母親が一心不乱におにぎりを握りながら、

「大丈夫。合格する、大丈夫」

と繰り返していた。

「親子か?」

「みたいだねえ。受験生?」

「聞いて来よう。まあ、勝手に耳元で暗唱してくれたら公式も年号も自然と覚えられていいかも知れないけど、うるさいもんな。それに、覚えたものまでいつまでも暗唱されてもな。別の物にしてくれないと」

「怜、そういう問題かねえ?」

「ん?」

 とにかく、霊を祓ってしまえば問題ないと、そういう事で落ち着いたのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る