第507話 カーマニア(2)幽霊殺人事件

 僕は説明を聞いていた。

「その落とされた人、もう自殺してたのに間違いはないのか?」

「うん。鬱で薬が出ていてねえ、クスリとアルコールを一緒に飲んで、ベランダから飛び降りてたよ。その奥さんの写真を見せたら、間違いなくこの人だったって言うんだよねえ」

 ガラス越しに取調室の矢代を見る。大池さんと話しながら、お茶を飲んでいた。

「じゃあ、男の方は?」

「そっちは顔が見えなかったって。

 念のためにベランダの下を見たけど、それらしい痕はなかったねえ」

「ううーん」

「無視もできなくてねえ」

 揃って、首を捻った。

「自殺したのは、そのマンション?いつだろう」

「ボク達が来る少し前だねえ。自殺として、終わってるねえ」

 桂さんが言う。

「覚えていますよ。

 岩宮英介いわやえいすけ結理ゆり夫婦。英介が無類の車好きなんですが、結理がクラシックカーの納車日に飛び降りたんです。それで英介は、一応悲しみながらも、翌日には熱心に車を磨いたりしていましたね」

「クラシックカー?また、高そうだねえ」

「数千万円だとか」

「うわあ」

「僕は、車にそんなにかけられないな」

「……きっと千穂ちゃんは、早さを追求するねえ……」

「……ああ……」

 僕と直は、ちょっと想像して、酔いそうになった。

「ええっと、不審な点は無かった?」

「そうですね。これと言って。まあ、英介の車へのこだわりが原因で、結理とはケンカをする事があったらしいというくらいで」

「解剖は?」

「しました。それで、先生が自殺だと。

 ベランダの手すりには指紋も――とは言え、こっちは日常的に触っていただろうから、まあ」

 僕は考えてみた。

「まあ、こう言ってるんだから、無視はできないしな。霊が過去の記憶を見せたとかいう事もあるし、一応調査してみようか。

 それでいいかな、桂さん」

 桂さん達にしてみれば、面白くないだろうが。

「はい」

「こっちは、別の部屋に入ったんじゃないかとか、調べ直すねえ」

「頼む」

 また、面倒臭い事件になりそうだ。


 英介は鍵を閉めると、駐車場に向かった。

 空き巣の捜査だとかで来ていた警察も帰ったが、何も盗られてはいなかった。鍵はピッキングの痕があったらしい。

 どうも面白くない。だが、ちょっとドライブに行けば、気も晴れるだろう。

 一年前に買ったクラシックカー。

 買ったはいいが、すぐ後に島に一年間転勤になって、潮風に当てたらすぐに痛むので、車は泣く泣く預けて行ったのだ。だから実質的には、今、納車直後みたいなものだ。

 このフォルム、エンジンの音、振動、本革のシート。美しい。人類の作った、最高に美しい物だとさえ思う。

 なのに結理は、全然この芸術を理解しなかった。車にそんなに投資するくらいなら、家や家具、旅行に使いたいとか。

 わかってない女だ。

 英介は亡くなった妻の事をそう思い出しながら、車に乗り込んだ。

「ああ。いいなあ」

 大きく満足そうに息を吸って、車をスタートさせる。

 きれいに舗装された道路を走る。

 赤信号では、隣の車からの視線を感じて、誇らしい気分になる。

 気分もすっかり良くなり、名残惜しいがそろそろ帰ろうかと思った時だった。急に、車がガタガタと揺さぶられたようになった。

「な、何だ?地震か?」

 しかしそれも程なくやんだし、地震のアラームも鳴らない。

「何だったんだろう?」

 不安に思いながらも走っていると、今度はハンドルがロックされたように動かなくなった。

「うわああ、ぶつかる!」

 真っ直ぐに、ガードレールに向かって行くのに、血の気が引く。

 が、ぶつかる寸前で車が止まり、事故は免れた。

「何だって言うんだ?整備不良か?」

 大切な愛車になんて事だ!そう憤りながら、明日車を見て貰おうと、とにかく家に戻る事にする。

 ぶつけないように、こすらないようには勿論、細心の注意を払って走り出した。





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