第506話 カーマニア(1)目撃

 オートロックマンション。無いよりはマシかも知れないが、防犯として、有効とは言い難い。住人にくっついて入れば、いくらでも入れるからだ。

 矢代やしろ とおるはそのようにして、まんまとマンションに侵入した。

 近所付き合いのないタイプのマンションで、廊下に出ている人もほとんどいない。防犯カメラの付いているエレベーターには乗らず、階段で上を目指す。

 目を付けていた部屋に辿り着くと、さりげなく人影が無い事を確認し、手早く仕事道具を出し、ドアを開錠して中へ当たり前のように滑り込む。

 あらかじめ下のインターフォンを押して、誰も応答しない事は確認済みだ。

「さあて」

 舌なめずりをして、次の作業にかかる。

 矢代の仕事とは、空き巣だった。

 引き出しを開けて、物色する。男の1人暮らしなのか。それとも離婚でもしたのか。ポツリポツリと女物や女性が好みそうなものがあるが、大抵は男物だ。その割に、家具やカーテンなどは女性が選んだような感じの物が多いようだ。

 現金やアクセサリーの類は無い。

「外れだったかな」

 舌打ちしたい気持ちで、寝室から奥のリビングダイニングへ移動しようと廊下へ出た。

 いつの間にか、ベランダの大きなガラス窓が開いていた。そしてカーテンが風に揺れている。

 ギョッとして、身を縮める。住人はいないと思ったのに。確認はしたが、リビングで昼寝でもしていて、お互いに気付かなかったのかも知れない。そういう事も、ままある。

 ならば見付かる前に退却を。そう思って玄関へそろそろと向かいかけた時だった。

 矢代は目を疑った。ベランダにいるのは2人だった。男と女。女はぐったりとしていて、男に支えられている。そして男は、女を抱え上げ、ベランダの手すりの向こうへと放り出した。

「――!?」

 声を上げなかったのは、奇蹟のようなものだっただろう。

 矢代はとにかく急いで静かに、廊下へ転がり出た。

 慌てて階段を駆け下りる──とは言っても、不審に思われない程度だ。

「何だあれ、どうしよう、えらいものを見てしまったぞ」

 110番しなければいけないのはわかるが、できない事もよくわかっている。

 そこで彼に会ったのは、良かったのか、悪かったのか。

「んん?何だ、矢代じゃないか。まさか、仕事じゃないよな?」

「うっ、大池のおやっさん」

 そこには、何度も手錠をかけられたお馴染みの相手である大池刑事が、若い刑事と一緒に立っていた。


 マンションを見上げ、ボクは思わず言った。

「うわあ、高そうだねえ」

 町田まちだ なお。要領の良さと人当たりの良さを自負している。高1の夏以降、霊が見え、会話ができる体質になった霊能師だ。霊能師としては、祓えないが、札使いであり、インコ使いである。そして、新人警察官でもある。

 近くの店に仕事で立ち寄り、帰るところだった。

「こういうところは、意外と空き巣も狙うからなあ。結婚してこういう所に住むんなら、鍵は2つ、ベランダは開けっ放しにしない、これを守らないとなあ」

「はい。気を付けますぅ」

 言いながら歩き出そうとしたが、足早に出て来る男に、大池さんが向き直った。

「矢代?空き巣の常習犯だよ、係長」

「え?まさか、入って来たところかねえ?」

「懲りねえからなあ、あいつは」

 大池さんは嘆息して、その男に近付いて行った。

 声をかけると、矢代はビクッとし、シラをきるかと思いきや、泣きそうな顔になって大池さんにすがりついた。

「おやっさん、俺、えらいものを見ちゃったんだよ。人が殺されるところ!」

「ええ!?」

 ボクと大池さんは顔を見合わせ、矢代を両脇からガッチリと挟んで捕まえた。

「詳しく話せ」


 フライパンにバターと砂糖を広げ、薄いくし形にスライスしたリンゴをきれいに並べ、焼く。その上から、泡立てた卵と牛乳を入れたホットケーキミックスを流し込み、ふたをして弱火で両面を焼く。竹串を刺して生地がついて来ない事を確認したら、大きな平皿の上に出す。

「できたぞ。りんごのケーキの完成だ」

 御崎みさき れん。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師であり、新人警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

 今日は非番なので、家で、甥のけいにせがまれてケーキを焼いていたところだ。

「うわあ、いい匂いぃ」

 敬が目を輝かせる横で、冴子姉も、

「りんごがキャラメル色ぉ」

と目を輝かせる。

 御崎冴子みさきさえこ。姉御肌のさっぱりとした気性の兄嫁だ。母子家庭で育つが母親は既に亡く、兄と結婚した。

「ホットケーキミックスを使えば簡単でしょ」

「うん。これならできるわ!」

「パウンドケーキの型に入れて焼いてもいいし、大人は、シナモンを振って」

「これ、ワインにもいけそう」

 双龍院京香そうりゅういんきょうか、旧姓辻本。僕と直の師匠で、隣に住んでいる。大雑把でアルコール好きな残念な美人だが、面倒見のいい、頼れる存在だ。

 京香さんらしいセリフに、ある種安心する。

「食べよう、早く、早く!」

 京香さんの長男、康介こうすけも、皿から目が離れない。

「じゃあ、テーブルの上を布巾で拭いて来て。敬も康介も、何を飲む?」

「リンゴジュース!」

「ぼくも!」

 子供2人はいそいそとテーブルに走って行き、冴子姉と京香さんも、いそいそと、切り分ける準備と紅茶の準備をする。

 と、電話が鳴った。

「あ、直だ。――はい、どうした?」

『事件だよう』

「わかった、すぐ行く」

 休暇は終わりらしい。僕は冴子姉と京香さんに向き直った。




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