第493話 カウントダウン(1)フォー

 箸を揃えて置き、手を合わせる。

「御馳走様でした。さんま塩焼き定食、美味しかったなあ」

 御崎みさき れん。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師であり、新人警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「ご馳走様ぁ。サバ味噌定食も、脂が乗ってて美味しかったよぉ」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、新人警察官でもある。

「あんかけうどんも美味しかったわ。また来ようかしら。御馳走様でした」

 霜月美里しもつきみさと、若手ナンバーワンのトップ女優だ。演技力のある美人で気が強く、遠慮をしない発言から、美里様と呼ばれている。

 僕達3人は手を合わせ、お茶を飲んだ。

 昼前に美里から、近くに行くからご飯でもどうかと電話があり、3人で、署の近くの定食屋に来たのだ。ここは定食はオール1000円で、とても美味しいのにあまり混雑しない、常連御用達みたいな店だ。係の皆もここの常連だ。

 大将は僕達の顔ぶれを見ると、何も言わず、個室になる奥の座敷に通してくれた。美里に配慮してくれたのだろう。

「師走とはよく言ったものね。新春封切の映画の宣伝もあって、忙しいわ」

「映画って、歌手の役のかねえ?」

「そう。心霊特番で、歌ったのがきっかけだったみたい。歌手と大物スパイの恋愛物よ。

 そっちはどう?忙しそうだけど」

「年末は大変だよ。ひったくりとかも増えるし、アルコールが入ってのトラブルも増えるし。盗犯もだろ」

「空き巣とかねえ。ホントにもう……」

 僕と直は、はああ、と溜め息をついた。

「この少しの休憩が、生き返る……」

 美里は少し眉をひそめた。

「気を付けなさいよ。若くても過労で倒れるんだし」

「はあい」

 僕と直は返事をして、3人で笑った。

「映画の宣伝で、大みそかからのそのイベントに出るんだって?」

 言うと、美里は澄まして頷き、テーブルに出したリーフレットを見た。

「ええ。歌って、年越しの瞬間をカウントダウンするんですって」

「行けたら良かったのに、悪いな」

「何言ってるの、ばかね。あんなの、寒いし、面倒臭いし、仕事でないと行かないわよ」

 でも、その後のパーティーに誘いに来たのは察しがついていた。

「年が明けたら、休めるねえ。新年会、やろうかねえ」

「お、いいな。やろうか。

 あ、美里は忙しいか?」

「舞台挨拶は4日から7日だから、それ以外なら」

「決まり。それ以外でやろうかねえ」

「また、連絡するよ」

 ぱあっと、美里の顔が明るくなる。女優のくせに、わかりやすい所があるなあ。

 そんな事を考えていると、電話が鳴った。

「あ、ごめん」

 断って出ると、電話当番の黒井さんからで、事件発生の知らせだった。

「仕事だ。悪い、また今度落ち着いて」

 言いながら、財布から1000円札を抜いてテーブルに置く。

「気を付けろよ、怜」

「またね。メールならいつでもいいのよ」

「うん、わかった」

 言って、襖を開けると、電話を持ちながらも襖に可能な限りくっついている部下達がいた。

「……何やってんの」

「か、係長、急がないと、ね」

 下井さんが誤魔化した。

「さあ、仕事仕事」

「桂さんまで……」

 僕達は慌ただしく、店を後にした。


 現場は靖国神社近くの路上で、ワンボックスカーの中で練炭を炊いて中から目張りをし、睡眠薬を飲んでの集団自殺だった。

「コップは5つ、遺体は4つか。死に切れなかったのかな。近くの救急病院にいないかな」

 言うと、益田さんが、

「自殺プランナーかも」

と言い出す。

「だったら、コップは始末して、痕跡は残さないよ」

「係長、詳しいですね」

「霊能師の仕事の方で、そういうのがいたから」

 それで下井さんは納得した。

「霊はいますか?」

 桂さんが訊き、益田さんがビクッと硬直する。

「いや、いない。誰一人。

 何か、おかしいな」

 緊張した空気が流れる。

「まさか、自殺に見せかけた殺し?それとも真の現場は別の場所?」

 大島さんが考えながら言う。

「まあ、とにかく、全員の身元と動機、関係。それと、残る1人の割り出しだな。

 ああ、やる事がいっぱいあるな」

 面倒臭いというセリフを、飲み込んだ。遺体の前で、言うべきではない。




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