第493話 カウントダウン(1)フォー
箸を揃えて置き、手を合わせる。
「御馳走様でした。さんま塩焼き定食、美味しかったなあ」
「ご馳走様ぁ。サバ味噌定食も、脂が乗ってて美味しかったよぉ」
「あんかけうどんも美味しかったわ。また来ようかしら。御馳走様でした」
僕達3人は手を合わせ、お茶を飲んだ。
昼前に美里から、近くに行くからご飯でもどうかと電話があり、3人で、署の近くの定食屋に来たのだ。ここは定食はオール1000円で、とても美味しいのにあまり混雑しない、常連御用達みたいな店だ。係の皆もここの常連だ。
大将は僕達の顔ぶれを見ると、何も言わず、個室になる奥の座敷に通してくれた。美里に配慮してくれたのだろう。
「師走とはよく言ったものね。新春封切の映画の宣伝もあって、忙しいわ」
「映画って、歌手の役のかねえ?」
「そう。心霊特番で、歌ったのがきっかけだったみたい。歌手と大物スパイの恋愛物よ。
そっちはどう?忙しそうだけど」
「年末は大変だよ。ひったくりとかも増えるし、アルコールが入ってのトラブルも増えるし。盗犯もだろ」
「空き巣とかねえ。ホントにもう……」
僕と直は、はああ、と溜め息をついた。
「この少しの休憩が、生き返る……」
美里は少し眉をひそめた。
「気を付けなさいよ。若くても過労で倒れるんだし」
「はあい」
僕と直は返事をして、3人で笑った。
「映画の宣伝で、大みそかからのそのイベントに出るんだって?」
言うと、美里は澄まして頷き、テーブルに出したリーフレットを見た。
「ええ。歌って、年越しの瞬間をカウントダウンするんですって」
「行けたら良かったのに、悪いな」
「何言ってるの、ばかね。あんなの、寒いし、面倒臭いし、仕事でないと行かないわよ」
でも、その後のパーティーに誘いに来たのは察しがついていた。
「年が明けたら、休めるねえ。新年会、やろうかねえ」
「お、いいな。やろうか。
あ、美里は忙しいか?」
「舞台挨拶は4日から7日だから、それ以外なら」
「決まり。それ以外でやろうかねえ」
「また、連絡するよ」
ぱあっと、美里の顔が明るくなる。女優のくせに、わかりやすい所があるなあ。
そんな事を考えていると、電話が鳴った。
「あ、ごめん」
断って出ると、電話当番の黒井さんからで、事件発生の知らせだった。
「仕事だ。悪い、また今度落ち着いて」
言いながら、財布から1000円札を抜いてテーブルに置く。
「気を付けろよ、怜」
「またね。メールならいつでもいいのよ」
「うん、わかった」
言って、襖を開けると、電話を持ちながらも襖に可能な限りくっついている部下達がいた。
「……何やってんの」
「か、係長、急がないと、ね」
下井さんが誤魔化した。
「さあ、仕事仕事」
「桂さんまで……」
僕達は慌ただしく、店を後にした。
現場は靖国神社近くの路上で、ワンボックスカーの中で練炭を炊いて中から目張りをし、睡眠薬を飲んでの集団自殺だった。
「コップは5つ、遺体は4つか。死に切れなかったのかな。近くの救急病院にいないかな」
言うと、益田さんが、
「自殺プランナーかも」
と言い出す。
「だったら、コップは始末して、痕跡は残さないよ」
「係長、詳しいですね」
「霊能師の仕事の方で、そういうのがいたから」
それで下井さんは納得した。
「霊はいますか?」
桂さんが訊き、益田さんがビクッと硬直する。
「いや、いない。誰一人。
何か、おかしいな」
緊張した空気が流れる。
「まさか、自殺に見せかけた殺し?それとも真の現場は別の場所?」
大島さんが考えながら言う。
「まあ、とにかく、全員の身元と動機、関係。それと、残る1人の割り出しだな。
ああ、やる事がいっぱいあるな」
面倒臭いというセリフを、飲み込んだ。遺体の前で、言うべきではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます