第485話 刑事の執念(3)最期に警官は微笑む
今里さんは病院に搬送され、心筋梗塞の診断を受けたが、意識は戻っていない。
僕達はその間、家を調べた。
ネットで購入したニセの警察官の制服が部屋から、赤い風船がガレージの車から発見され、令状を取って、本格的に家宅捜索に入る。
結果、車の中から本人とは別物の毛髪が発見され、よだれのような跡も発見された。これらは至急、誰のものか鑑定に回された。
部屋には、幼女のアニメ、マンガ、フィギュア、写真があり、僕達を辟易とさせた。
しかし反対に、幼女の服や靴などは発見されなかったし、写真は近所の幼児の物ばかりなようだ。
「幸子ちゃん。ここに女の子がこなかったかな」
幸子ちゃんに訊いている僕達だが、ほかの人には、虚空に話しかけているようにしか見えない。僕と直と、高峰さんにだけ見えた。見えない人の中には変な顔をする者もいるが、小声で説明され、
「え、じゃあ」
と、ギョッとした顔で離れたりしている。
「幸子ちゃんは、ずっとあのおじさんといたの?」
「……前はお兄さんだったよ。いつの間にかおじさんになってたけど……」
20年だからなあ。
「幸子ちゃんくらいの女の子も、車に乗らなかったかな」
「乗ったぁ」
「どこへ行ったかわかるかねえ?」
「ううーんと、山!」
「山」
「あと、池!」
「池?」
3人で、どこの事かと額を寄せて考える。
「どこだろうねえ?」
「幼児だからな。ハッキリとわかってたらいいのに」
「山に池……」
考え込む。監禁中なら、早く見つけないと死んでしまう。
「あ、あそこか?中学生の頃の証言で、神秘的な池を見付けたとか言ってたらしい。聖なる池とか何とか呼んでたそうで、中二病と皆で笑っていたらしいが」
高峰さんが思い出す。
「どこですか」
「はっきりとはわからん。でも、ここから中学生が自転車でスッと行ける範囲だろ」
「近所で訊いて来ましょうかねえ」
直が家を出て行く。
「靴とタイヤの土の鑑定も頼んで来ます」
僕も玄関に向かった。
20分後、僕、直、高峰さん、札で実体化した幸子ちゃんは、山道を車で走っていた。後ろに、ほかの捜査員を乗せた車もついて来ている。細い道で、車1台分くらいの幅しかない。
「うわあ。怖いねえ。お化けが出そう」
幸子ちゃんは言うが、突っ込んでいいのかどうか悩むところだ。
やがて、うっそうとした背の高い雑草の向こうに狭いが開けた場所が現れ、その向こうに池が現れた。
「ここ!」
幸子ちゃんが嬉しそうに言って、車を降りる。
「神秘的な池か。確かにな。そんな感じもするな」
グルリと見廻す。
池は小さく、周りを木々で囲まれている。水はきれいに澄んでいて、静かで、神秘的な場所だった。
「あ、あそこ!」
幸子ちゃんが走って行く方へ目をやると、巨石が数個あった。落石らしい。
追って行くと、その岩の隙間の奥に、洞窟のようなものがあるらしいのがわかった。
いや、それだけじゃない。
「足だ」
僕は言い、這って行こうとしたが、
「係長、ここにいて下さい」
と、するすると素早く大島さんが入って行く。
ややあって、
「無事です!あと、子供の白骨死体が1体あります!」
と、声がした。
「思い出した。ここにいたんだった。足をつながれてて逃げ出せなくて、お化けが出そうで怖くて。でもそのうちに、お腹空いたのもわからなくなってきて、眠いなあって思って」
幸子ちゃんが言う。
高峰さんが、泣きながら幸子ちゃんを抱きしめた。
「ごめんなあ。見付けるのが遅くなって、ごめんなあ」
幸子ちゃんは少し不思議そうな顔で、高峰さんを見た。
「おじさん、誰かに似てる……」
高峰さんは笑って立ち上がると、
「これならわかるかい?」
と言い、次の瞬間、若い、制服警官の姿になった。
「ああ!お巡りさん!」
幸子ちゃんは嬉しそうに飛びついて行ったが、ほかの皆は、口と目を開いて、腰を抜かしたようになっていた。
「幸子ねえ、お巡りさん大好き!」
「ありがとうね、幸子ちゃん」
「か、か、係長。これは」
桂さんが訊く。
「会議に来た時、高峰さんはもう動けなくて、生霊だったんだ。どうしてもという執念でね。
意思が固くて、もうどうせ助からないからと本人に頼まれて、病院に行って奥さんにも会ったら『本人の意思を尊重したい』と頼まれて。それで、上に話して許可を取ったんだ」
「万一に備えて、ボクと怜がずっと一緒という条件でねえ」
僕と直が言うと、皆、口をパクパクしたり、涙ぐんだりしていた。
「係長。わがままを聞いていただいて、ありがとうございました。これで思い残す事無く、警官人生を全うできました」
きれいな、見本のような敬礼をして見せる。
「高峰さん。
色々、勉強させていただきました。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
返礼すると、皆も、敬礼をする。
幸子ちゃんも、にこにこと敬礼して見せた。
敬礼を解いて、幸子ちゃんの前にしゃがみ込む。
「幸子ちゃん。幸子ちゃんは、ここじゃないところに行かないとだめなんだよ」
幸子ちゃんは少し考えて、言った。
「お祖母ちゃんの所?お祖母ちゃん、天国に行ったんだって」
「ん、そうだな。そこへ行こうか」
「わかった。
お巡りさん、またね。バイバーイ」
幸子ちゃんは笑って、高峰さんに手を振った。それに軽く浄力を当てると、幸子ちゃんはキラキラと光る砂のようになって消えて行った。
高峰さんはそれを見送って、寂し気に笑った。
「高峰さんも、体に戻りましょうか」
「はい。本当に、お世話になりました。後は、頼みます」
上体をパッと折って礼をし、そのまま消えて行く。
「高峰さん!?係長!?」
「病院の体に戻った」
「意識不明の状態だけど、多分、このまま、かねえ」
一瞬ホッとしかけた皆は、また、シュンとした。
「さあ!ここの事も知らせないと。救急車も呼んで。五日市さん」
「はい!」
五日市さんが電話をかけ始める。
「大島さん」
「衰弱はしているようですが、大丈夫でしょう」
「ここに救急車は入って来られない道幅だろうから、入り口までこっちから行って、そのまま同乗して行って下さい」
「わかりました」
亜美ちゃんを抱いたまま、大島さんが細い道を走って行く。
「俺も入り口で、鑑識を待ちます」
下井さんが、ついて行く。
「後を頼まれたからねえ。しっかりしないとねえ」
直が、小さく笑った。
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