第478話 公道レーサー(3)反省

 ひったくりのあった地域の警察署に連絡を入れ、転がったバイクのそばで待つ。

 その間、ひったくり犯はずっと、

「もう絶対に法を犯さない。俺は真人間になる」

と震えて反省し、呟き続けていた。

 そして直は千穂さんに、

「あんな危ない事、だめに決まってるよねえ?」

と説教していた。

「でも、公道レーサーが」

「こんな方法を取らなくても、成仏できるからねえ。事故になってたらどうするつもりだったのかねえ?それも、他の車両を巻き込んでたらどうなってただろうかねえ?

 千穂ちゃん、警察官なんだからねえ。止める方だよ」

「ごめんなさい」

「わかってくれたらいいねえ」

「うん。ごめんね、直君」

「心配したよぅ」

 僕は、自分の身と胃の中味を心配したぞ。


 僕は家に帰ると、部屋で着替え、溜め息をついた。

「疲れた……」

 でも、ハンドルさえ握っていなければ、明るくていい人だと思う。それに運転も、ミニパトから降りたらストレスから解放されるんじゃないだろうか。あれがストレスからの反動なら、それでもっと大人しくなるんじゃないかと……期待しすぎな気もする。

 それでも、直と千穂さんは本当に仲が良くて、お似合いだと思う。

 思うが、それはそれで、何か寂しい。

「そんな事、言っちゃだめだな」

 別に友達でなくなるわけじゃないし、会えなくなるわけでもない。

 地方転勤がつきものと言われるキャリアだが、僕達の場合、陰陽課に決まっているから、多分一緒だ。

「はああ」

 溜め息をつきながら廊下に出ると、風呂上がりの兄に会った。

 御崎みさき つかさ。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。

「ん、どうした?」

 そこで僕は、暴走の部分は伏せて、直と千穂さんの事を話す。

「そうか。今度、お祝いを言わないとな」

「それから、千穂さんのところの課長から報告が行くと思うから」

「ああ、心配ない。警官同志なら、どっちもクリーンだとわかってるからな」

「良かった」

 ホッとする。

 兄は少し笑った。

「寂しいか?」

「え、まあ、ちょっと」

 お見通しだろうから、白状した。

「遅かれ早かれ、お互いに、な」

「うん」

「怜は、そういう事は考えてないのか」

 チラッと、脳裏に浮かんだ顔があった。

「そんな話はしてないし、友達と思ってるし……」

「ライバルは多いぞ」

「え」

「態度をはっきりさせないと、向こうも困るだろうなあ」

「……」

「おやすみ」

「……おやすみなさい」

 兄はリビングを出て行き、僕は何となくスマホの住所録を見た。

「ううーん」

 まあ、とにかく今日はいいや。

 僕は窓の外に出た、大きな月を見た。

 ああ。何か色々、面倒臭い。



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