第471話 新任警部補・町田 直(3)巻き戻り

 戻ると、時計はポツンと離れた所に置いてあった。

「どうしたの」

 畑田さんが訊くと、郡さんがまず悲愴な声で、

「苦労して打ち込んだパソコンデータが、時計の近くに置いていたらなくなりました」

と言う。

「朝半分食べたチョコが、なぜか新品に復活してるんだよな。食べていいのか、これ」

 とは、春日さんだ。

「報告書ですよ、報告書!また消えた!」

 中条さんは、かたきのように時計を睨みつける。

 御隠居は静かに御茶をズズッと啜り、言った。

「どうも、近くにあるものは、数時間分、戻るとでもいうのか……」

「あら。いい事をきいたわ」

 畑田さんが時計を顔に押し当てる。

「畑ちゃん。シワが無くなるのを待つなら凄くかかるよ。それは無理じゃないかな」

「残念。最強のアンチエイジングだと思ったのに」

 畑田さんが春日さんの突っ込みに残念そうに嘆息した。

「財布、傍に置いて実験しませんか」

「耳原よお」

「冗談ですって」

 まあ、この係の人はタフというのか、怖がらないのでホッとした。

「取り敢えずは封印しようかねえ。このままじゃあ、仕事にならないしねえ。

 怜は……いないねえ」

 隣の島を見ると、いない。

「御崎係長なら、強行犯のメンバーと出ましたよ。ケンカが立て続けに3件入って」

「戻って来たら相談してみるかねえ」

 僕は取り敢えず札で腕時計を封印して、金庫に入れておいた。

 だが、お互いに仕事があり、行き違いばかりで一日を終える事になるとは、予想外だった。

 社会人というのは、こういうちょっとしたところも、学生の時とは違うものらしい。


 結局帰る時間まですれ違い、翌朝ボクは「今日こそは」と思いながら出勤した。朝なら大丈夫だろう。そう思って入って行ったが、どうも署内の雰囲気が昨日と違う。

「何かあったのかねえ?」

 お茶の準備のために早く出勤している郡さんに訊いてみた。

「あ、おはようございます。きのうの夜、レストランで立てこもりが発生したらしいですよ。その流れで、最近この辺りに広まってきていて問題になっていたヤクの売人が逮捕されたとか。

 で、取り調べ中に、ヤクで死んだガイシャの幽霊が現れたらしくて、さっき、御崎係長が祓ったそうです」

「ええーっ。そんな事が起こっていたなんて……!」

 ボクは驚き、改めて腕時計を金庫から出して眺めた。

 どうしたものかねえ。祓うべきだろうけどねえ。

 溜め息をついていると、ドアから人の気配がした。何となく目を上げると、強行犯係のメンバーだった。

 と、怜が、ボクの方をじっと見ている。

「あ、怜。おはよう。昨日は大変だったんだってねえ」

「おはよう、直」

 御崎みさき れん。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師であり、新人警察官でもある、ボクの相棒だ。面倒臭がりなわりにお人好しなところがあるせいか、新体質や相談者に振り回され、東奔西走している。

「それ、何だ?」

 感情が表情に出難い性質だけど、胡散臭いと思っているのは、多分ボクじゃなくてもわかるだろう。

「やっぱりそう思うよねえ」

「ああ」

「実はねえ」

 ボクは昨日からのあれこれを相談した。

「最終的には祓うべきだろうな。でも、その女性の未練というか、そういうものが原因なら、また起こるぞ」

「だよねえ」

「いつでも手伝うし、祓うから。事件さえなかったら夜でも平気だし、言えよ」

 怜は世界でも数人の、週に3時間も寝れば済む無眠者なのだ。夜は暇を持て余すらしい。

「うん。取り敢えずもう1度行って来るよ。祓う事になったらよろしくねえ」

「うん」

 ボクは少し気が楽になって、怜が自分の席に戻るのを見送った。

「仲がいいんですね」

「うん。幼稚園からの相棒だからねえ」

 ニコニコとしながら、お茶を飲んだ。

 さあて。まずは、昨日の東野さんにもう1度会いに行こうか。そんな風に、予定を立てた。






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