第453話 仲間(3)教官

 橋本に憑いていた霊が実体化し、橋本が文化包丁をかばんから出して突き出す。

 が、迫田教官を守るように実体化した霊に、驚いて足を止めた。

 迫田教官も驚いたように、呆然と訊く。

「杉山?お前、杉山なのか?」

 霊は迫田教官を振り返り、笑った。

「はい。お久しぶりです、迫田さん」

「何でお前……」

「橋本は絶対に逆恨みして、何かすると思って……」

「それで、成仏せずにずっといたのか?」

「心配で、へへ」

 そのやり取りでじれたのか、橋本の方の霊が掴みかかって行き、それを杉山と呼ばれた霊が受けて、組み合う。迫田教官はそれに気を取られており、その隙を橋本は逃さずに突っ込んで行く。

 迫田教官が、あ、という顔をした。が、僕の方が早い。小太刀の練習で散々やった要領で、文化包丁を受けて、腕を背後に捩じって包丁を手放させ、腕ごと背中を抑え込む。

 直と練習を続けて来たかいがあった。

「札で拘束するかねえ」

 直が近付いて来て札を切り、橋本は両手を拘束された形で固まった。

「お、お前ら……」

 迫田教官が、かすれた声を上げる。

「それは後でぇ」

 直が言って、僕は睨み合う2霊を見た。

 橋本に憑いていた方は怒り狂い、怨念に凝り固まっている。それで、杉山さんに圧し掛かって、侵食して行っていた。


     殺されてぇ 悔しいでしょう

     殺されてぇ 理不尽でしょう

     だからぁ そうさせたやつにぃ

     復讐しましょうよぉ


 杉山さんは、迫田教官を守るために留まっていただけで、パワー負けしている。

「させられないな」

 杉山さんを押さえつける腕を斬りとばした。


     いたあい!


「下がっていて下さい」

 杉山さんの前に立つ。


     お前も わたしをキズツケル

     オマエモ コロス コロス コロス


 気配が濃くなっていく。

「あなた、友田さんですよね。友田ともだ めぐみさん」

 杉山さんが言って、迫田教官が反応する。

「友田 恵?ストーカーの橋本に結婚式前日に殺された?」


     ハシモトヲ ハメツサセテヤル

     トリアッテクレナカッタソイツモ

     コロシテヤル

     シアワセニ ナルトコロダッタノニ


「申し訳ない。しかし――いや。言い訳はしない。あんたが襲われたんだからな」

「迫田さん!?」


     シネ シネ シネ シネ


 僕は一つ溜め息をついて、友田さんだという霊に向かって言った。

「お気の毒です。それと、結果的にこうなってしまったのは申し訳ないと思います。

 でも、それであなたが橋本に憑りついて迫田教官を襲うのは看過できません。

 もう悲しみは終わりにして、新しく始めませんか」


     コロス コロス コロス コロス コロス


 だめだ。

「では、強制的に祓いますよ」

 友田さんはゆらあと体を揺すって近付き、両手を振り上げて襲い掛かって来た。


     シネエエエエ!


 刀を一閃させ、両断する。

「み、御崎?」

「教官、後で説明しますからねえ」

 黒い人型の塊だったそれは女性の姿を取り戻し、虚を突かれたような顔をしていたが、両手を見てふわりと笑った。そして、さらさらと消えて行く。

「逝かれました」

 溜め息のようなものをついたのは誰だったのか。

「ええっと、杉山さん、でしたかねえ」

「あ、はい。迫田さんの部下の、杉山と申します」

 迫田教官は杉山さんを見て、唸った。

「橋本は逮捕された時、一緒に死ねなかったとかもっと美しい方法でとか言って、迫田さんを恨んでいましたからね。反省も信用できないし、絶対に出所したらお礼参りをすると思って。

 でも、あの後別の事件で死んでしまったし、どうしようかなあと思ったら、なぜかこうなってたので、じゃあ、このまま出所まで待てばいいかと」

 明るい、大らかな人だったんだなあ。

 はははと笑う杉山さんに、直もつられたようにあははと笑っている。

「心配してくれたのか。それは、その、ありがとよ」

 おお、迫田教官が照れている!

「だが、もう大丈夫だ。お前はお前で、成仏しろ。親御さんが泣くぞ」

「また、やつが来るかも知れませんよ」

「ふふん。もう大丈夫だ。今回は、幽霊に驚いたんだ」

 杉山さんは笑って、頭を下げた。

「迫田さん。ゆとりとか使えないとか言われてたぼくを鍛えてくれて、ありがとうございました」

「死ぬなって教えたのによ。バカが」

「ははは。すみません。

 君達も気をつけなよ。撃たれたら、死ぬ程痛いから」

 僕と直は、神妙に頷いた。経験者の言葉だ。真に迫っている。

「はい」

「気を付けます」

「では……あれ?どうやったらいいのかな?あれれ?」

 最後がしまらない……。

「お手伝いしますよ」

「あ、頼むよ」

 浄力をそっと当てる。

「あ、杉山」

 杉山さんが、きらきら、さらさらと消えて行く。

 それを迫田教官は敬礼で送った。

 杉山さんが消え、迫田教官は僕達を振り返った。

「まあ、礼を言う。

 ところで、お前ら。いつまでそうしているつもりだ」

 背後に向かって言うので、僕と直も振り返る。

 同期の皆が、飛び出そうとする者、それを抑えようとする者、逃げ腰の者、色々な形で固まっていた。

「あ、忘れてたな」

「もういいよねえ」

 それで皆は、ハッとしたように硬直が解け、近寄って来て並んだ。

「杉山は俺の県警時代の相棒だった。ちょっとした事で、死にもするし、恨まれもする。理不尽だらけだ。

 お前らはキャリアだ。現場で死ぬ確率は低いかも知れない。だが、お前らの命令で、誰かが死ぬかも知れない。誰かが泣くかも知れない。それは頭に置いておけ。

 それと、死ぬな」

「はいっ!」

 僕達は、直立不動で返事をした。

「それと、外で飲んで、近所に悪評を広めるなよ。いいな。わかったらもう帰れ」

 しっしっと手を払い、僕達は、

「じゃあ、失礼します」

「おやすみなさい」

と行きかけた時、何か忘れている事に気付いた。

「あ、橋本」

「そうだったねえ」

 札で拘束された橋本が、恨めしそうな顔で僕達を見上げていた。



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