第437話 パーティー(2)クレーム

 バイト仲間が電話に出る。

「はい、宅配ピザのピザ大王です」

 そして、やり取りをしながら内容を注文用紙に書いていく。

 調理当番に当たっていた長谷はピザの準備をしようとそれに目をやり、手を止めた。

「何だよ、長谷」

 仲間が訊く。

「これ、例のイタズラと同じだよ」

「ああ、あれか。殺人事件のあった家に配達依頼の」

 店長はチッと舌打ちをし、

「幽霊でも何でも、料金を払ってくれるんなら配達するけど、イタズラは困る。あんまりしつこいようだと、警察に言おう」

と言って、注文用紙に大きくバツを付けた。

 そして、

「休憩して来る」

と、奥の部屋にタバコを吸いに行った。

「あそこだろ。中森屋なかもりや巻き込み心中事件」

「なんだよそれ」

 笑いながら、次にかかってきた電話に対応する。

 しかしすぐに、青い顔の店長が飛び込んで来た。

「て、店長?どうしたんですか?」

 何事かと驚く長谷達バイトスタッフに、店長は小さく震えながら指示を出した。

「マ、マルゲリータのMだ。急いで」

 長谷達は顔を見合わせたが、言われるまま、次の調理当番がマルゲリータのMを焼く。調理と配達を順番にまわしているのだ。

「できましたけど」

「次の配達は?」

「あ、俺です」

 長谷は手を上げた。

「そうか。だったらこれを、2丁目の中森屋さんのお宅へ届けてくれ」

「……へ?イタズラなんですよね?」

「……来たんだよ」

 店長が、消え入りそうな声で言う。

「は?」

「今、来たんだよ。いきなり部屋の真ん中に、バッと。それで、『ピザ、頼んだのに』って、恨みがましい目で見るんだよ」

「……え、あの……それ……」

 全員、お互いの顔を素早く見る。

「行くんですか?俺が?」

「と、当番だろ」

「幽霊屋敷でしょ!?」

「た、単に腹が減って、恨みがましい目をしたんだろ。大丈夫だ。食い物の恨みは恐ろしいって言うからな」

「だったら店長が行って下さいよ」

「ばか、俺は、あれだ。責任者だから、何かに備えてここにいないとな」

「いやいやいや。これがその何かでしょ!?」

 長谷は頑張ったが、店長は

「もう、門の中に置いてくればいいから。それでいいから」

と言い、そして誰もほかのバイト仲間も代わってくれず、長谷は、配達に行く事になった。

 なるべく遠回りをし、スピードは遅め。それでも、とうとう、中森屋家に着いてしまったのだった。


 僕と直は、日課となった夜のトレーニングに出ていた。

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

 内定が出た直後からトレーニングをしているので、ランニングをしても最初よりバテない気がするし、小太刀も上手くなっているようで、兄に褒めてもらった。

「ん?」

 そんな僕達がランニングしていると、一軒の家の前で、ドアチャイムに手を伸ばしては下ろし、また伸ばしては下ろし、と繰り返す人影を見付けた。

「ピザの宅配だねえ?」

「何やって――んん?」

 家の中から、嫌な気配がしている。

 配達人のところで足を止め、話しかけた。

「あの、この家に配達ですか」

 彼は泣きそうな顔をしていた。

「ああ。庭に置いて来るだけでいいからって。でも、ピンポン押さないとダメかな、とか。押したら出て来るんじゃないかな、とか……」

 言いながら、どんどん暗い顔になって行く。

「この家から注文が入ったんですかねえ?」

「最初は昨日。ここまで来て、イタズラだとわかったからそのまま帰って。そうしたら今日も電話があって、一旦イタズラとして取り下げたら、催促しに店長の前に出て来て。それで、配達の順番が俺だったから……。

 なあ、一緒にピンポン押してくれよ、なあ?」

 ピザを持たない方の手で、逃がすものかという勢いで腕を掴んで来る。

 僕が直を見ると、直が解説を始めた。

「この家には中森屋さんという一家が住んでいたんだけど、両親が相次いで病死。残った一人娘が一人で暮らしてたんだねえ。でも、介護しているうちに仕事につく機会も無くなっていて、引きこもっていて、去年の大晦日、宅配ドライバーが来たところを刺殺して自分も自殺したんだよねえ」

「その宅配ドライバーって、見ず知らずの?」

「うん。たまたま、運悪く来ただけの、無関係の人らしいねえ」

「……たまたまピザを持って来た俺と通りかかったランニングの人が、祟られるのか?」

 しっかりと腕を掴んだまま、彼は絶望的な声を上げた。

 いや、行くけどね。でも、引き込む気満々?これがただの一般人でも。

 僕と直は目を合わせて肩を竦めた。

「行きましょうか」

 彼は、ぐえっとか何とか、変な返事をした。

「チャイムを押すのは、配達人だねえ」

 彼は震える指をドアチャイムに伸ばしつつ、

「絶対、逃げないでくれよ、頼むから。何も無かったら、このピザあげるから」

と言いながら、ピンポンを鳴らした。

 奥の方でピーンポーンと長閑な音がし、彼の喉がゴクリと鳴る。

 そして、ドアがゆっくりと開いた。



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