第429話 チューニング(1)オシャレな新居

 座って、ふう、と息をつく。たった1人の荷物だから大した事は無いと思っていたのに、引っ越しというのは大変だった。

「まあ、今度はちょっと広いし、オシャレだし、長く住もう」

 言って、安岡はそれを見た。

 ちょっとアンティーク調のラジオだ。据え付けのようにドンと最初から置いてあったもので、冷蔵庫くらいの大きさか。下半分は物を置けるようになっていて、安岡は雑誌を積んで置いた。

 スイッチを入れる。

 ザザザ、とノイズが聞こえる。チューナーで合わせようとするが、なかなか合わない。だがその内に、微かに人のようなものが入った。

 ザ・ザザザ・・・ザザ・・え・・・ザザ・・

「難しいなあ。また今度挑戦しよう」

 安岡は欠伸をして、ラジオの前から立ち上がった。


 部室でいつも通り昼食を摂り、食後のお茶を飲む。

「もう12月かあ」

 御崎みさき れん、大学4年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「早いねえ。今年は特にそんな気分だよねえ」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「今年は、試験とかに追われてたからなあ」

 智史が遠い目をする。

 郷田智史ごうださとし。いつも髪をキレイにセットし、モテたい、彼女が欲しいと言っている。実家は滋賀でホテルを経営しており、兄は経営面、智史は法律面からそれをサポートしつつ弁護士をしようと、法学部へ進学したらしい。

「智史先輩は、春から司法修習なんですよね」

 水無瀬宗みなせそう。高校時代の1年下の後輩で、同じクラブの後輩でもあった。霊除けの札が無ければ撮った写真が悉く心霊写真になってしまうという変わった体質の持ち主だ。背が高くてガタイが良くて無口。迫力があるが、心優しく面倒見のいい男だ。

「そうや。一年間勉強と実習して、まあた試験受けて、それに受かったらやっと弁護士や。ああ、また試験や。

 そうやった。引っ越しどないしようかな」

 智史が嘆いた。

「引っ越しですかあ?」

 高槻楓太郎たかつきふうたろう。高校時代の1年下の後輩で、同じクラブの後輩でもあった。小柄で表情が豊かな、マメシバを連想させるようなタイプだ。

「司法修習、寮はあるけど抽選やねん。地元のもんは家から通うんが普通やねんけどな。オレ、どないしょうか迷っててなあ。引っ越しは面倒やけど、近くの方が便利やん?でも、今のトコ、安いしなあ」

 それで、ふと楓太郎が思い出したように言った。

「そうだ。学部の友達がこの前引っ越ししたんですよ。下北沢のマンションで、月に1万円らしいんですよね」

 全員、無言で楓太郎を見、一斉に言った。

「おかしいんじゃないか、それ」

「怪しいで」

「下北沢で1万円って、安アパートかねえ?」

「大丈夫か、そこ」

 楓太郎は首を傾けてから、言う。

「今日は普通に学校に来てましたよ。引っ越しの荷物整理で寝不足だって、欠伸はしてたけど」

「何か変だったらすぐに言えよ。何かある予感がすごくする」

 怜が言うと、全員がうんうんと頷き、楓太郎は大きく頷いた。

「わかりました!」

「前の入居者が何か臭いか汚れを残したとか、その部屋が全く日が当たらないとか、高層階なのに階段しかないとか、そんな平和な理由である事を祈るが、面倒臭い予感がプンプンするよなあ」

 怜が溜め息混じりに言って、直が頷いた。




 

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