第421話 復讐の風(4)フラカン
穏やかな人の営みがあった。裕福でも無いし、問題が無くも無いが、概ね幸せな生活だ。
そこへ、全く見知らぬ人が現れて、悪意を秘めた笑顔で不幸を撒き散らす。
いけない。彼らを信用してはだめ!
しかし彼らは、あろうことか自分を邪神呼ばわりし、壺に封じ込めてしまった。
それからどのくらい経ったのかわからない。だが、次に外へ出た時、愛する私の部族の民はいなかった。目の前には、欲に目を濁らせた、憎むべきあいつらの仲間がいた。
自分は、守れなかった。ああ。せめて、敵をとらなければ。それにはまず、弱った力を、大きくしないと。
しかし、男の生命力を啜ってみても全然足りない。
もっと――と思ったが、それがある方には、守るべき民の末裔の気配があった。それで反対側、海の上にあった船にターゲットを変えた。
そうして、次々にターゲットを探して接近しているうちに、何かわからないものに取り囲まれてしまったのだ。
こんな事をしている暇はないのに。復讐してやる。彼らを返せ。彼らの幸せな日々を返せ!
僕は、胸を締め付けるような悲しみと胸を焼き尽くすような痛みに襲われていた。
「もう、彼らは帰って来ないんですよ」
帰って来ない?
「はい。でも、子孫が新しい時代を生きていますから、心配はいりません。
あなたも、寂しかったですね。悲しかったですよね。それももう、終わりにしましょう」
私はこれから、どうすればいい?
「あなたの事を、伺っても?」
風と復讐を司る、マヤのフラカン。
「フラカン。では、思い出して下さい。気持ちのいい風を。彼らと過ごした時を」
無秩序に荒れ狂っていた力が、揃い、収まって行く。
ああ。懐かしい……。
僕はそっと、新しいフラカンを外に出した。
青空が見えた。風は気持ちのいい程度で、波は――
「うわっ!」
そこそこあって、板がひっくり返った。
会議室では関係者が報告会をしていたが、終了と同時に、十二神将とフラカンが睨み合っていた。
いや、睨んでいるのはもっぱら十二神将で、フラカンは、僕の陰に隠れている。ついでに、出席者もまだ残っていて、ビクビクしながらも見ている。
「恩に報いる為にも、せめて帰れるようになるまでは怜のお手伝いをすると決めたのです!」
「散々迷惑かけておいて、詫びもなしで、いきなり末席に加わろうとはな」
「末席ではないです。私は下僕ですから身内です。あなた達はよその人です」
「……怜、今からでもこいつを消滅させよう。ここは日本だ。嫌なら南米に帰れ。第一、怜はお前を下僕にするとは言ってない」
「遠いから、今の私では帰れないでぇす」
「送ってあげましょうか」
「それとも飛行機のチケットがいいかしら。貨物便で」
僕と直は、子供のけんかじみたこのやりとりに笑いをこらえていた。大体、フラカンは小さくなってしまっていて、子供のおもちゃの着せ替え人形程度しかない。それを睨む十二神将って……。
「まあまあ」
直がなだめ、僕も宣言する。
「神様同士のけんかはご法度だぞ。したら、祓う」
全員、背筋を伸ばした。
「しかし、礼儀は大事だ」
「まあ、確かに」
それは認めよう。
フラカンも一応、
「ごめんなさい」
と頭を下げた。
「でも、何に役立てるの」
フラカンは力が弱くなっていて、扇子で扇ぐよりまし、程度の風を送るくらいだ。何か……。
「暑い時は扇ぎます!」
「クーラーという文明の利器があるのよ」
「あ、熱い飲み物をさますとか!」
「自分でやった方が早いのではないか」
「あうう……」
フラカンは涙目で焦っている。しかし、今のフラカンにできる事って何かあるのか?
と、窓の外のそれが目に入った。
「風車か。
フラカン、これを動かせるか?」
ティッシュを一枚指に挟む。と、フラカンはそよそよと風を起こして、それをふわふわとなびかせた。
「決まった。
風車を、吹け、回せと敬にせがまれて回しているうちに、酸欠になりかけたのだ。
「仕事が決まったねえ」
「はい!がんばります!」
敬も、お気に入りの風車が回り続けるのを見たら喜ぶだろう。
「皆も、ありがとうな」
作戦中もだが、その後も、板がひっくり返って溺れるところだったのを助けてもらったのだ。
「フフフ。我らは役に立つからな!そこのチビと違って」
勾陳が胸を張る。
「まあ、無事に片付いて良かったよねえ」
「しかし、その壺を渡したやつって言うのが気になるな」
僕と直が言うと、警察庁からの出席者が口を開く。
「それについては、あれからわかった事がある。目撃情報から、ヨルムンガンドの『スコル』を名乗る人物だと判明した。壺の入手ルートは現在FBIが捜査中だ」
「ヨルムンガンドか」
誰からともなく呻くような声が漏れ、溜め息が漏れる。
「まあ、ヨルムンガンドは世界共通の敵だな。情報を共有して、各国連携して事に当たる必要があるだろうよ。
ま、何はともあれ、ご苦労さん。今後もよろしく頼むよ。横の連携だぜ」
首相が言ってヒョイと片手を上げ、退出して行くのを、全員、起立し、礼をして見送る。
これで、会議は終わった。
「さあて、帰るか」
僕と直が言うと、十二神将が、無言でこっちを見る。
「ああ……打ち上げするか?」
「やる」
「天照大御神も呼ぶのですよね」
「まあな。顔合わせもいいかな」
「新入りに、序列というものを教えて差し上げなくては」
怖えぇぇぇ!
人間達一同は、震えあがった。そして、僕は思った。神の世界も、面倒臭い!
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