第422話 カンバスの向こう側(1)消える

 鏡の破片を、ひとつ、ひとつ、取り除く。ふざけて銅鏡を割ってその破片をカンバスで受けて、片付けておけと命令された。銅鏡を割ったのが自分だと言えとも。

 あいつらは、ずっとこのままぼくを虐めるのだろうか。中学を卒業するまで?高校も内部進学するだろうから、高校卒業まで?

 溜め息が出た。

 もう、嫌だ。うんざりだ。積極的にしてくるのは数人でも、クラスの皆が、面白がって見ているか、見ていないふりか、はやし立てたりする。担任に相談しようとしたが、あからさまに予防線を張って、問題は無い、虐められるお前に問題がある、という態度だ。助けてくれるとは思えない。

 カンバスをひっくり返して、表を見る。

 秋の美術展に出展するために描いて来た油絵だ。題名は『鏡の道』。合わせ鏡を覗く人物がいて、延々と鏡が続いている、そういう絵だ。

「締め切りに間に合って良かった」

 強いてそう言い、絵を、美術部部室に持って行く。

 明日から、何をしよう。もう、疲れた。


 僕は、課長に訊き返した。

「行方不明ですか」

 御崎みさき れん、大学4年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「警察に言わないのはどうしてかねえ?」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

 課長は言葉を選ぶようにしながら、口を開く。

「依頼人は私学だから、普通よりも評判とかが大事なんだろうね。その、警察官が出入りすると目立つし」

「だったら、興信所とか。心当たりでもない限りは、なあ」

「あんまり、霊能師にとか思わないよねえ」

 何かに憑かれた学校というのも、ブランドイメージという意味ではダメージは大きいんじゃないかと思う。

「そこは、向こうで聞いて欲しい。それ以上は話そうとしないから」

 仕方が無い。僕と直は、和泉学園中等部へと赴く事になった。

 

 和泉学園のホームページを見る。郊外にあり、自由な校風を謳っていた。そこまで偏差値が高いわけでも無く、良い家柄の子女がいるわけでも無い、中途半端な学校というイメージを持っていたが、そこまではホームページからはわからない。

「家出じゃあないんだろうねえ、外部の人間を入れるんだし」

「でも、家出としても、それは1人じゃないって事になるぞ。個人の依頼ではなく、学校からだから」

「ちゃんと、協力はしてもらえるんだろうねえ」

「面倒臭い事になりそうだな」

 揃って、溜め息をついた。




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