第416話 デスマスク(2)死に顔

 依頼人は大学生の兵藤陽平ひょうどうようへいで、怯えながら、学生用マンションで震えていた。

「肝試しにねえ」

 直が、呆れたのを堪えるように言う。

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「本当かな、と思って。それに、もし見えたら、それも面白いかな、って」

 面白いかなあ、と、僕と直は首を傾ける。

「よくその辺にある、何百円かで写真が何枚か出て来る、あれです。

 その時出て来た写真も普通だったし、『何もなかったなあ』って言いながら帰ったんです。

 でも、次の日に倉田が『変な声が聞こえる』とか言い出して、3日目に交通事故で死んでしまって。その次は飯島が同じ事を言い出して、やっぱり3日目に心筋梗塞で死んで。今度は……俺も、昨日……『お祭りだよ』って、1人でいたら耳元で子供の声が……」

 言って、ガタガタと震え出した。

「そのスピード写真のボックスはどこにあったんですか。それと、その写真を見せて頂けますか、念の為に」

 兵藤さんは、

「ああ、はい」

と言いながら立ち、机の引き出しを開けて、ギャッと叫んで飛び退った。

「な、何で!?」

「失礼します」

 僕と直は、引き出しを覗いた。

 整理整頓されているとは言い難い引き出しの中、証明写真があった。

 が、思わず唸る。

「こんな顔で撮りましたか?」

「普通に撮ったよ!」

 兵藤は半泣きだ。

「じゃあ、こうなったのはいつからですかねえ」

 兵藤に振り返りながら訊く。

 同じものが4枚プリントされた写真に写る兵藤は、恐怖を貼り付かせたような表情で、目を見開いていた。顔色も、灰色だ。

「わからない!わからないよお!

 あ、でも、一昨日は何ともなかった筈だ」

 声を聞いてかららしい。

「その倉田さんと飯島さんの写真も見られたらいいんですが」

「記念に一枚ずつ交換したのが同じところに入っている筈です」

 言って、近寄ろうとはしない。なので、引き出しの中を見せてもらった。

「ああ、これだねえ」

「見事な」

 片方は血まみれで無表情な顔で、もう片方は苦しみに悶絶したような顔をしていた。

「遺族が見たら、泣くぞ」

「参ったねえ」

 想像して、嘆息した。

「では、その肝試しの現場に行きましょうか」

 言うと、兵藤さんは、情けない顔で縮こまった。


 そこそこ昼間なら人通りはあるが、夜になると途端に無人になる感じのところにそれはあった。

「ああ。バスも廃線だねえ」

「元は、『サニーヒル』か」

 どうにか読めた停留所の名前だ。

 問題のスピード写真ボックスは、すぐ隣にあった。見た目はありふれたスピード写真ボックスと変わりがない。

 だが、天井部分に、一般人には見えないものがいた。

「何者だ」

香具師やしには見えないねえ」

「何かいるんですか!?」

 兵藤は竦み上がって、落ち着きなく辺りを見渡す。

 するとそれはニイッと嗤い、身を翻してその奥へと路地を進んで行った。

 と、兵藤が突然大人しく人形のようになって、その後を追い始める。

「祭りへの参加は、招待客とその同伴者に限られるんだろうな」

「行くかねえ」

 僕と直も、兵藤さんにくっついて進む。

 すぐに、境界を越えたのがわかった。同時に、櫓と、幾つかの屋台が見えた。

「随分と静かな祭りだな」

 人はいるが、皆無言で、動かない。それもそのはずで、どれもマネキンのような人形だった。

 そこでやっと、兵藤が正気に返る。

「ん?おわっ!?ここは何だあ!?」

 驚き、人形に近付いて顔をひょいと覗き込み、のけ反る。

 苦しさに顔をしかめ、目を剥き、舌を長く突き出していた。

 隣は、額に大きな裂傷があり、信じられないといった顔をしている。

「これは一体……!?」

「死んだ時の顔かも知れませんね」

 兵藤さんは気味悪そうに見廻していたが、不意に、その人形を指さした。

「倉田!?あ、飯島か!?」

 倉田と呼ばれた方は顔の半分を血に染め、飯島と呼ばれた方は苦しみに顔を歪めている。それは、引き出しに入っていた証明写真と全く同じ顔だった。

「そんな……」

 兵藤は恐怖に彩られた顔で、目を見開いていた。ちょうど写真のように。

「何が目的だ」

 それは、人形に囲まれて立っていた。

「友達が欲しかったんだけど、顔が無くて。

 ねえ。顔をちょうだい。それで、ここで毎日お祭りをしよう」

「断る」

「ボクもパスだねえ」

「い、嫌だ、死にたくない!」

 僕は、人形を眺めた。ここに、霊はいない。幸い、顔を写し取っただけだ。

「あのボックスで写真を撮った人間を、殺して顔を写し取ったのか」

「そうだよ。少し予告しておいてから迎えに行ったら、皆、表情が素直なんだ。生きてる時は、嘘ばっかりなのにね」

「お前のしている事は、容認できない」

「どうしてぇ?一緒に遊ぼうよ。んん、鬼ごっこね」

 それはグイッと首を傾け、笑った。

 人形達が、躍りかかって来る。

「ぎゃああああ!!」

 兵藤さんがうるさいが、そっちは直に任せる。

 斬る、斬る、斬る。しかし、数が多くて埒が明かない。なので、以前取り込んで得た体質を利用し、雷を放って人形を広範囲に叩き割り、また、火を放って燃やす。それで残ったものを、斬った。

「酷い!せっかく作ったぼくの友達を!」

 怒って地団駄を踏むそれに、僕は刀を向けた。

「友達の作り方を間違ってるぞ。にっこり笑って自己紹介からだ」

「だって、だって」

「今度は間違えるなよ」

 一刀で、それを斬った。

 さらさらと崩れ、消えて行くのを見送って、振り返る。

「よし、終了――あれ?」

 兵藤さんが、失神していた。

「雷と火のあたりでねえ」

「まあ、夢ってことにしよう。あんまり知られてありがたい体質じゃないからなあ」

 僕と直は苦笑して、兵藤さんを起こした。






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