第388話 オニはうち(1)役作り
お姫様に叶わぬ恋をしてオニと化してしまった青年と、自由に憧れる籠の中の姫、姫を救出せんとする熱意に溢れた貴族の
若手人気俳優男女3人がキャスティングされたその映画は、まだ撮影に入る前から話題だ。ヒロインの姫は霜月美里。美人で、品があり、演技力もある。人気もピカイチだ。公達は松阪和幸。元メンズモデルの正統派王子様タイプの若手俳優で、人気が高い。そしてオニは、
藤城は映画は初めてで、しかもアクション以外も期待されての役で、相手は霜月美里。張り切り、上手く演じようと、役作りに懸命だった。
鬼に関する本を読み、関西にある『鬼の博物館』とやらにも行ってみたし、作中で使う太刀の模擬刀を毎日振っている。自衛隊の銃剣道の型だが。
そして、これは昔からの日課であるランニングで近所をひと回りする。
「ん、神社か。小さいし人がいないが、上手く行くようにお参りしておくかな」
ぱん、ぱん、と手を打ち鳴らし、上手く役をこなせるようにと祈る。
ついでに、霜月美里と仲良くなれるようにとも祈る。
「はあ、スッキリした」
と、自宅までのランニングを再開したのだった。
だが彼は気付いていなかった。役作りに没頭するあまり、オニを呼び寄せてしまっているという事を。
コーヒーを人数分入れ、ロールケーキをトレイに載せる。
リビングに持って行くと、炒り豆に付いていた鬼のお面を被って直が遊んでいた。
「敬、ガオー」
「きゃっ、うわう、おおう」
意味不明の言葉を発しながらも、ご機嫌で手をお面にのばして来る。怖がる様子は微塵もない。
お面を外して持たせてやりながら、笑う。
「怖がらないねえ」
冴子姉はアニメチックなボール紙の面に、
「なまはげくらいなら怖いでしょうけど、これじゃあねえ」
と、笑った。
「局から借りてこようかしら」
「いや、絶対に夢に見てうなされて、トラウマになるから」
僕はやんわりと止めておいた。
「さあ、どうぞ。敬は、もうちょっと大きくなったら食べさせてやるからな」
「あうう」
どこか不満そうに声を上げる敬に皆は微笑ましい目を向けて、コーヒーやケーキに手を伸ばした。
敬はごろんごろんと寝返りをうっていたが、そのはずみで、テレビのリモコンを押してしまったらしい。いきなりテレビがついてキョトンとしている。
「ああ、これ。この頃この辺りで良く見つかってるんだってねえ」
カラスやハトが食い荒らされたような状態で死んでいるのが最近ちょくちょく見つかっており、今日は、小型とは言え犬までもが食い殺されているのが見つかって、新聞でもテレビでも大騒ぎだ。
「犯行はいつも夜間みたいだからか、目撃者がいないんだよな」
「ただ殺すんじゃなくて、どうも、齧り付いてるんだよねえ。そこがどうも、イタズラとかじゃあできそうにないよねえ」
「しかも生だし、捌くどころか、羽もそのままだしな」
「お金に困ってる人とか?」
「だったら、持ち帰って完食するだろう」
「成程」
真剣に話していると、敬が眠そうにし始めた。
「じゃあ、続きは向こうで聞こうか」
僕は直と美里と、自室へ移った。
小さい折り畳み式のローテーブルに、コーヒーを乗せる。
「実は相談っていうのが、映画の事なのよ」
美里が話し始める。
「鬼役の俳優が、時々別人みたいな目つきになったり、どうも、時々記憶も無いらしくてね。本当に鬼でも憑いてるんじゃないかって冗談で言ってたんだけど、たまに連絡が取れなくなったり、撮影現場でニワトリに食いつきそうな目をしてたりして、冗談で済まなくなって来てるのよ。本当に、怖いのよねえ。ちょっと、一緒に様子を見に行ってくれないかしら」
美里が怖いと言うなんて、と、直と顔を見合わせた。
「わかった」
「そうだねえ。今からでも行ってみようかねえ」
美里はホッとしたように笑い、3人で、その俳優の家に行く事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます