第388話 オニはうち(1)役作り

 お姫様に叶わぬ恋をしてオニと化してしまった青年と、自由に憧れる籠の中の姫、姫を救出せんとする熱意に溢れた貴族の公達きんだち。その恋模様は、3人それぞれの視点から語られる。

 若手人気俳優男女3人がキャスティングされたその映画は、まだ撮影に入る前から話題だ。ヒロインの姫は霜月美里。美人で、品があり、演技力もある。人気もピカイチだ。公達は松阪和幸。元メンズモデルの正統派王子様タイプの若手俳優で、人気が高い。そしてオニは、藤城智留ふじしろさとる。元自衛官という経歴を持つ野性味のあるタイプで、人気が急上昇中の俳優だ。注目度が高くなって当然だ。

 藤城は映画は初めてで、しかもアクション以外も期待されての役で、相手は霜月美里。張り切り、上手く演じようと、役作りに懸命だった。

 鬼に関する本を読み、関西にある『鬼の博物館』とやらにも行ってみたし、作中で使う太刀の模擬刀を毎日振っている。自衛隊の銃剣道の型だが。

 そして、これは昔からの日課であるランニングで近所をひと回りする。

「ん、神社か。小さいし人がいないが、上手く行くようにお参りしておくかな」

 ぱん、ぱん、と手を打ち鳴らし、上手く役をこなせるようにと祈る。

 ついでに、霜月美里と仲良くなれるようにとも祈る。

「はあ、スッキリした」

 と、自宅までのランニングを再開したのだった。

 だが彼は気付いていなかった。役作りに没頭するあまり、オニを呼び寄せてしまっているという事を。


 コーヒーを人数分入れ、ロールケーキをトレイに載せる。

 御崎みさき れん、大学3年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

 リビングに持って行くと、炒り豆に付いていた鬼のお面を被って直が遊んでいた。

「敬、ガオー」

「きゃっ、うわう、おおう」

 意味不明の言葉を発しながらも、ご機嫌で手をお面にのばして来る。怖がる様子は微塵もない。

 お面を外して持たせてやりながら、笑う。

「怖がらないねえ」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

 冴子姉はアニメチックなボール紙の面に、

「なまはげくらいなら怖いでしょうけど、これじゃあねえ」

と、笑った。

 御崎冴子みさきさえこ。姉御肌のさっぱりとした気性の兄嫁だ。母子家庭で育つが母親は既に亡く、兄と結婚した。

「局から借りてこようかしら」

 霜月美里しもつきみさと、若手ナンバーワンのトップ女優だ。演技力のある美人で気が強く、遠慮をしない発言から、美里様と呼ばれている。

「いや、絶対に夢に見てうなされて、トラウマになるから」

 僕はやんわりと止めておいた。

「さあ、どうぞ。敬は、もうちょっと大きくなったら食べさせてやるからな」

「あうう」

 どこか不満そうに声を上げる敬に皆は微笑ましい目を向けて、コーヒーやケーキに手を伸ばした。

 敬はごろんごろんと寝返りをうっていたが、そのはずみで、テレビのリモコンを押してしまったらしい。いきなりテレビがついてキョトンとしている。

「ああ、これ。この頃この辺りで良く見つかってるんだってねえ」

 カラスやハトが食い荒らされたような状態で死んでいるのが最近ちょくちょく見つかっており、今日は、小型とは言え犬までもが食い殺されているのが見つかって、新聞でもテレビでも大騒ぎだ。

「犯行はいつも夜間みたいだからか、目撃者がいないんだよな」

「ただ殺すんじゃなくて、どうも、齧り付いてるんだよねえ。そこがどうも、イタズラとかじゃあできそうにないよねえ」

「しかも生だし、捌くどころか、羽もそのままだしな」

「お金に困ってる人とか?」

「だったら、持ち帰って完食するだろう」

「成程」

 真剣に話していると、敬が眠そうにし始めた。

「じゃあ、続きは向こうで聞こうか」

 僕は直と美里と、自室へ移った。

 小さい折り畳み式のローテーブルに、コーヒーを乗せる。

「実は相談っていうのが、映画の事なのよ」

 美里が話し始める。

「鬼役の俳優が、時々別人みたいな目つきになったり、どうも、時々記憶も無いらしくてね。本当に鬼でも憑いてるんじゃないかって冗談で言ってたんだけど、たまに連絡が取れなくなったり、撮影現場でニワトリに食いつきそうな目をしてたりして、冗談で済まなくなって来てるのよ。本当に、怖いのよねえ。ちょっと、一緒に様子を見に行ってくれないかしら」

 美里が怖いと言うなんて、と、直と顔を見合わせた。

「わかった」

「そうだねえ。今からでも行ってみようかねえ」

 美里はホッとしたように笑い、3人で、その俳優の家に行く事にした。





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