第377話 レクイエム(2)幽霊の出るマンション

 学校へ行く途中、直に相談した。

「へえ。司さんに憑いてたのかあ」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「そうなんだよ。帰りに寄って視てもいいか、直」

「勿論だよう」

 直は言って、

「確かその署長さん、はっきりとした原因がわからなくて、更年期かって事で終わったみたいだねえ」

と付け加えた。

「へえ、そうなんだ」

「うん。あそこには、怜の裏の警察署にいた交通課の千穂ちゃんが転勤になっているからねえ。

 でも、50には見えなかったんだよねえ?」

「ん、まあ、凄く若く見える人かも知れないし……」

「とにかく心配だしねえ。寄ってみよう」

 直も快くそう言ってくれたので、放課後を待って、まずは仕事の方へと出向いた。


 学生専用のマンションで、部屋数は32。その方々で、立ち尽くす透けた人影や歩き回る透けた人影が目撃されているほか、急にキッチンのガスが点いてヤカンが空焚きになりかけたり、窓ガラスが割れたり、風呂場の水道が出っぱなしになったりということがあったらしい。

「ここか」

 玄関に立って、見た。

 築3年。1DKのありきたりのマンションだ。学生向けということからか、自転車置き場はあるが、車を停める所は無い。窓に室内干しの洗濯物がうつっていたり、コートか何かを窓辺に吊るしていたり、そういうところもある。とめられた自転車は乱雑に並び、カゴに空き缶が入っているものもある。

 そしてどこからか、CDでもかけている音や、バイオリンを練習する音、テレビの音などがしていた。

 ゴミ拾いをしていた初老の男性が、僕達に気付いて近寄って来た。

「霊能師協会の方ですか。オーナーの#迫水__さこみず__#と申します」

「霊能師の御崎です」

「町田ですぅ」

 身分証明書を見せ、事情を訊き直す。

「空焚きになりかけたのは隅田さんという子で、201号室。窓ガラスが割れたのは101号室の桑名さん。水が出だしたのは204号室の坂枝さんです。3人は友人らしくて、今、101号室で待っている筈です。

 人影は、こっち側でよく見ると言われますね」

 そう言って示されたのは、建物に向かって左側で、壁まで70センチ程の通路のようになった所だった。その向こうは隣の一軒家だ。

「では、その3人からお話を伺いましょう」

 迫水さんに連れられて、101号室へ行く。

 出て来たのは平凡な若い男で、奥に、あと2人男がいた。

「初めまして。霊能師の御崎です」

「町田ですぅ」

「マジ?思ったより若いっすね」

「それに、普通の格好かあ。地味だな」

「巫女さんに来て欲しかったなあ」

 僕と直は、帰りたくなった。しかし、我慢だ。

 奥へ通されて、皆で輪になって座る。そして、順番に話を聴く。

「俺は、空のやかんをガス台に置いてたら、勝手に火がついたんだよ。壊れても無いし、ウッカリなんてことも絶対にない」

「俺は、夜中にいきなり窓ガラスが割れたんだ。びっくりだよ」

「俺は、寝てたら何か風呂場で音がするから見に行ったら、水が出てて。止めてもいつの間にかまた出てるから、寝られないし、水道代は勿体ないし。散々だよ」

 3人はひとしきり文句を言って、迫水さんは苦虫を噛み潰した様な顔で小さく頭を下げた。

「では、人影は見ましたか」

 3人は顔を見合わせて、それぞれ首を横に振った。

「では、恨まれたりする覚えはありますか」

「ねえよ」

 即答だった。

「わかりました。もう少し調べさせていただきます。それと、201号室と204号室も見させていただきます」

 ここの窓ガラスはもう新しい物に変わっているが、その向こうに、気配の残り香のようなものがあった。

 201号室へ行くと、やはり、気配の残り香が漂っている。

 204号室も同じで、気配が残っている。

「3人に共通点はありますか」

 3人は顔を見合わせてから、ボソボソと答える。

「S大文化部の3年で、ここに入居してる」

「このマンションに、他にもいますかねえ」

「はい、いますよ。彼のところはなにもありません」

 迫水さんが答えた。

「……あとは別に……なあ」

「そうですか。まあ、もう少し調査してみましょう」

 部屋を出、下に降りると、ヒソヒソと立ち話をしている女子学生2人と会った。

「こんにちは」

「こんにちは」

 迫水さんと、挨拶を交わす。

「影を見たのはこちらの方ですよ」

「ああ、もしかして霊能師の?あの3人の所に行ってたのね」

「私がバイトから帰って来た時そこにいて、すうーっと、壁沿いに歩きながら消えて行ったんです」

 隣家に面した辺りを指す。

「あの3人に、学校、学部以外に共通点はありませんかねえ」

 彼女達は顔を見合わせて、

「ゴミ出しのマナーが悪い」

「隣のお宅と前にケンカしてたわね。昼間の騒音とかで」

「そうそう。それからわざとひどくしたりして」

「あれは正直、私達もうるさかったわよねえ」

 声を潜めながらも、喋り出す。

「自転車の止め方もいい加減だし」

「私301だから、窓開けてタバコ吸われると臭いのよ。201の人、ヘビースモーカーだから、もう、うちは窓が開けられないわ」

 彼女達と別れてから迫水さんに聞くと、向かって左隣の沖野さんからは何度か苦情を言われていたそうだ。あまりにもうるさいと。

 うるさくしていたのがあの3人で、迫水さんから注意をしたが、

「夜でもないし、そこまでうるさくは無い」

と聞く耳を持たず、沖野さんと3人は、しょっちゅう言い合いをしていたらしい。警察も何度か来たらしいが、騒音として立件する程かと言えばそこまででも無かったらしく、注意をしておしまいだったようだ。

「今は?」

「はあ。それが春から秋にかけてなんですが……先月、沖野さんは自殺されまして……」

 言い難そうに迫水さんが言った。

「自殺……」

「ノイローゼだとか」

「……沖野さんの写真はありますか」

「ええっと……ああ、地区運動会の時のがありますよ」

 マンションの右隣に建つ迫水さんの家に行き、写真を見せてもらった。

「ああ。この人だ」

 兄に憑いていた、あの霊だった。





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