第374話 隠しヶ淵(3)神を取り戻すために
晴れ渡った青い空、爽やかな風。まさに、ピクニック日和である。
ついでにと冴子姉の分も作って来たので、多分今頃、冴子姉もお弁当を食べているだろうか。
「おお……!」
刑場に引き出される死刑囚のような顔で歩いて来た山神さんも、お弁当の時間は、元気を取り戻した。
「きれいだし、美味しそうですねえ」
咲屋さんも、フタを取って感嘆の声を上げた。
「美味しいよ。いやあ、楽しみだったんだよねえ」
徳川さんも、嬉々として箸をとる。
「足りなかったら、こっちもどうぞ」
ゆかりごはんの四海巻きと稲荷寿司を詰めたパックを真ん中に置く。
本日のお弁当は、一口ざくろ3種、稲荷寿司、唐揚げ、チーズとウインナーの包み揚げ、うずらとプチトマトの串刺し、高野豆腐と人参としめじの炊いたもの、ほうれん草の胡麻和え、タコの青じそガーリック炒め、人参しりしり。一口ザクロは、ご飯に、明太子を混ぜたもの、青菜炒めを混ぜたもの、細かい炒り卵を混ぜたものを一口サイズに丸め、海苔で包んで、上に十字に切り込みを入れてご飯を見えるようにしたものだ。簡単できれいにでき、食べやすい。子供のお弁当にも持って来いだ。ご飯に混ぜるのは、他にもとびっこやふりかけなど、何でもいい。四海巻きは、酢飯にゆかりを混ぜて海苔で巻き、それを縦に4等分に切る。そしてその4つをご飯を外側になるように背中合わせにし、真ん中にもご飯を入れ、それをぐるりと海苔で巻いたものだ。これも、飾り巻きとしては初心者向きでお勧めだし、青菜、ゆかり、何でもできる。そして当然、わがやの稲荷は三角で、具は五目である。
「いっただっきまあす!――おいひいよ!」
直は、稲荷からいった。ゴマのよりも、我が家の関西風の稲荷が直の好みだ。
「京風ですか」
咲屋さんが、稲荷を食べて言う。
「母が関西出身だったので、うちのご飯は、基本関西風なんですよ」
「チーズとウインナーだ!これ、飲む時もいいですねえ」
「そうなんだよ、山神君。御崎君の家に飲みたいアルコールを持って行ったら、それに合わせておかずを出してくれるんだよ。
ああ、怜君。今度はもう怜君も直君も飲めるんだし、また近い内に行くよ」
「是非」
和やかに食事が済み、さあ出発となり、山神さんは現実を思い出したようで青くなる。
「大丈夫ですよ。僕と直が、どうにかします。
それと、さっきのご飯は、天照大御神の持って来てくれたお米と山の神のくれたしめじを使いましたから」
咲屋さんと山神さんはギョッとしたような顔をした。
「天照大御神って、あの!?」
「はい。うち、ちょくちょく神様達が遊びに来るんですよ」
「いや、君が何を言ってるのかよくわからないよ」
山神さんが言うと、いつも落ち着いている咲屋さんも呆然として呟く。
「慣れるしかないねえ」
「慣れたら皆、親類の人みたいな感じですよ」
僕と直はあははと笑い、徳川さんは、
「まあ、そういう事だから」
と締めた。
そのせいか、山神さんも恐怖をあまり感じなくなった様子で、皆でしっかりと歩く。
照姉さまさまだな。
と、その気配が引っかかった。
「こっちだな。直、頼む」
「了解。
皆、ボクから離れないで欲しいねえ。それと、可視化の札を持っていてくれるかねえ」
道を外れ、木々の間を進む。すると、深い淵が出て来た。
「何だ、ここは」
咲屋さんが、辺りを警戒して見廻す。
すると、淵のほとりから女が現れる。
「誰でしょう?」
「おや。私が見えるとは」
女が呟き、山神さんがヒッと声を上げた。
「こんにちは。呼びました?」
女は笑って、答える。
「ええ。力があるか、元気がある人を探しているのです」
成程。僕と直、山神さんは力、徳川さんと咲屋さんは元気か。
「人を探してるんですよ。この前ここへ来たと思うんですが、急にいなくなって。あなたが、迎えに行ったんですよね。帰してもらいたいんですが」
「ふふふ。彼らは私までは見えなかったから、迎えに行きました。あなた達はその手間が省けていいですね。
それと、帰れませんよ。彼らは、もう、食べちゃったの」
女が笑いながら指さす方を見ると、虚ろな目をした男達が倒れていた。生きているのか死んでいるのかわからない。
「食べた?」
「はい。神をここにもう一度取り戻す為。神を、産むため」
女はうっとりとした顔で、腹部を撫でた。
「それで、霊力と生命力を集めたのか」
女は笑い、こちらを向いた。
「あなた達の持つ力と命は強い。一気に、復活に近付く――いや、もう、産み落とす事ができる」
淵を中心に、女が結界を張る。
「逃がしません」
「そう上手く行くかな」
僕と女の視線がぶつかった。
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