第372話 隠しヶ淵(1)人体消失

 どこへ行ってしまったのですか。私の役目は、あなた様のお世話をする事なのに。

 どうしよう。私はどうしたらいいのか……。

 そうだ。消えてしまったのなら、もう一度産み出せばいい。少しずつ欠片を集めて、もう一度淵の神様を――。


 ようやく残暑も去り、日中は動くと暑いものの、かなり過ごしやすい季節になった。

「秋だなあ」

 御崎みさき れん、大学3年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「今年は珍しく、夏から冬の間に、秋が来たねえ」

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「この頃、無かったもんなあ」

「悲しいよねえ」

 僕達は言いながら、陰陽課に入った。

「やあ。悪いね、来てもらって」

 徳川さんが、立ち上がった。

 徳川一行とくがわかずゆき。飄々として少々変わってはいるが、警察庁キャリアで警視正。なかなかやり手で、必要とあらば冷酷な判断も下す。陰陽課の生みの親兼責任者で、兄の上司になった時からよくウチにも遊びに来ていたのだが、すっかり、兄とは元上司と部下というより、友人という感じになっている。

 以前は家で事件の話をする事もあったが、冴子姉がいるので、事件の話はするわけにはいかないのだ。

「いえいえ。また、遊びに来てくださいね」

「ありがとう」

 応接テーブルへ移動しながら雑談していると、見た事の無い2人がお茶をお盆に乗せてやって来た。

「紹介するよ。自衛隊から出向して来たばかりの、咲屋史秋さくやふみあき君。それと、山神良夫やまがみよしお巡査。

 2人に今回の事件を担当してもらおうと思ってね」

「咲屋です。よろしくお願いいたします」

 30歳前後くらいか。落ち着いて穏やかで知性的なハンサムだ。兄には及ばないが。

「山神と申します。よろしくお願いいたします」

 ペコリと頭を下げる若い方は、どうも自信無さ気というか、落ち着きが無いというか……。

「防衛省でも、霊に対抗する手段が必要かと検討中でね。取り敢えずうちに出向というわけ。

 山神君は、少し霊感があるらしいとわかったからうちに配属になったんだけど、なんていうか、本人は幽霊とかが大の苦手という怖がりでね。

 怜君と直君が来てくれる今回の件なら安心だし、この2人に任せてみようかとね。そういうわけだから、この2人は見学だと思って、頼むね」

 徳川さんが、思い切り本音を暴露して笑った。

「あはは。わかりました。

 御崎 怜です。よろしくお願いいたします」

「町田 直ですぅ。よろしくお願いいたしますねえ」

「じゃあ、早速だけど」

 徳川さんは、数葉の写真を並べた。共通点は、男性。年齢は、大学生くらいもいれば40歳くらいもいる。

「この人達が立て続けに行方不明になってるんだけどね。皆、密室だったり、家族のいる家とかから、突然消えたんだよ。煙のようにね。

 いや、幽霊のように、かな」

「ヒイッ」

 山神さんは、小さく声を上げて震えあがった。

 大丈夫かな、と、僕は少し心配になった……。





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