第343話 泣く声(3)身勝手な恨み

 3人で、公園のベンチに座る。

「野崎ゆかりという名前で、大学に入学してすぐに映画とかに行く程度の付き合いになったんですが、彼女が別の男に熱を上げて、僕は振られたんですよ。それからは会った事も無いですけどねえ」

 安西さんは言いながら、首を捻った。

「どこかで見かけたとかかも知れませんね。住所とか電話番号とかはわかりますか」

「いやあ、もう、何も残っていませんよ」

「でしょうねえ」

「こっちで調べてみます。くれぐれも、札を手放さないようにして下さいね」

 僕と直は、兄を頼る事にした。


 数時間後、兄から電話がかかった。

『野崎ゆかりの現在の住所は写真付きでメールで送っておいた。

 野崎は大学時代に知り合った倉本翔一と付き合い出し、家の資産を繰り返し持ち出して、勘当。大学を中退して倉本と同棲、ホステスのアルバイトをしたりしていた。

 この倉本はヒモ男の浮気性で、ひっきりなしに浮気をしていたようだ。野崎は4回中絶した挙句、捨てられている。この4回目の手術の時に、安西夫妻と病院で会ったようだな。同じ病院に通っていた』

「ありがとう。ちょっと行ってみるよ」

『精神的に危険だぞ。俺も行こうか。夕方以降なら行けるぞ』

「取り敢えず行ってみるよ。ありがとう』

 メールで住所を確認し、写真を見る。

 安西さんと同い年だという事だが。

「嘘ぉ。どう見ても安西さんより10歳年上だろぉ?」

「40前にしか見えない!」

 僕と直は愕然とした。昔の写真では派手な感じの美人なのに、表情からして暗く、老けている。

「まあ、行ってみようか」

「そうだねえ」

 僕達は、野崎さんの元に向かった。


 小さくて古い賃貸マンションの3階に野崎さんは住んでいた。

 ドアチャイムを鳴らすと凄い勢いでドアを開け、僕と直を見るとガッカリして奥へ戻って行く。

「あの、野崎ゆかりさんですか」

「そうだけど。何?」

 言いながら、グラスを煽る。アルコール臭がしたし、ウイスキーだろう。麦茶ではない。

「安西さんをご存じですね」

 野崎さんは一瞬体を強張らせ、嗤った。

「知ってるわよ。冴えない真面目なだけの詰まらない人」

「最近、会いましたね」

「フン。幸せそうにしてたわ。奥さんと仲良さそうにしちゃって。私とは正反対」

 野崎さんはそう言って、グイッとグラスを傾けた。

「夢を見ませんでしたか、安西さんの」

「見たわよぉ。幸せそのものの家庭。見て来たように想像して、夢に見ちゃったわ」

「それ、生霊になって行ってるんですよ」

「はあ?」

 野崎さんは声を上げて、こっちを見た。

「申し遅れました。霊能師の御崎と申します」

「霊能師の町田ですぅ」

 野崎さんは疑わしそうに僕達を見ていたが、どうでも良さそうに、またグラスに向かった。

 体が心配になって来る。

「飲み過ぎは良くないですよ」

「放っておいて。それとも、飲まずに済むように、あたしに付き合ってくれるとでも言うの?」

 僕と直は、首を振りそうになるのを、危うく止めた。

「それよりも、頻繁に生霊として体を出て行くと、体に戻れなくなってしまいます。自覚がないのであれば、生霊にならないようにお手伝いさせていただきますが」

 野崎さんは、ゲラゲラと嗤いだした。

「そんなの、どうでもいいわ」

「じゃあ、向こうが迷惑しているのでやめて下さい」

「いい気味ぃ」

 僕と直は、溜め息をついた。どうやって説得すればいいのか。

「翔一より、堅実な安西君にしておけば良かった。翔一も、安西君も、安西君の奥さんも、皆腹が立つわ。あたしがこんなに苦しんでるのに。皆も、苦労して、不幸になればいいのよ」

 ただの八つ当たりだ。

「死んだら一生憑りついてやる。フフフ」

 どうしたもんだろう。どうにも手におえず、予想通りとは言え、僕達は虚しく敗退した。




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