第326話 死の森(1)樹海探索
焦りが心を支配する。どこだ!?
「全く。新人にしても酷いだろ」
舌打ちをこらえ、探す。
「とにかく早く見つけないと、大変な事になりかねないからねえ」
のんびりとした直のセリフも、今ばかりは、焦りが滲み出ていた。
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
樹海は広く、人を容易に迷わせる。そしてそこに、今は明らかに、霊の悪意が介在していた。完全な遭難者となる前に、彼を見つけ出さなくてはならない。
「暗くなる。急がないと」
僕は、面倒臭い仕事を請け負ったものだと、改めて思った。
富士山の麓に広がる樹海については、都市伝説も含めて様々な噂がある。方位磁石が役に立たない、10メートルも入り込むと方向が分からなくなって帰れなくなる、自殺者の遺体がごろごろと転がっている、等。
実際は遊歩道もあり、そこを歩いていると、気持ちのいい森林浴ができる。自殺者は少なくも無いが、そんなにごろごろとその辺に散乱しているわけではない。自殺防止の看板もあるし、警官の巡回もある。そして、方位磁石は使える。
松本清張が小説で書いた事から自殺者が増え、心霊スポット化したというのが本当のところのようだ。
それでもやはり自殺者がここをその場所に選ぶ事は少なくも無く、2000年までは地元の消防団や警察らによる毎年樹海の捜索が行われ、遺体や遺品の回収がなされていた。しかし、却ってそれが報道される事で、ここで自殺をしようと思う場合があるからと、今では行われていない。その代わり、日本霊能師協会がそれを請け負って密かに行うようになっているのだ。
「流石に未成年にはどうかと思っていたが、今年はどうかと思ってな。どうだ。やってくれんか。行き帰りは皆で協会からのバス、向こうで1泊」
部長が言う。
「樹海捜索ですか」
「樹海かあ。行った事ないねえ」
「そうだなあ。行ってみるか」
こうして僕と直はあっさりとこの仕事を引き受けたのだ。
バスを降り、班毎に集まって担当エリアを目指す。僕と直は、協会でもよく顔を合わせるベテラン霊能師2人と新人の田中春海という20代半ばの男と同じ班になった。
遊歩道から逸れ、樹海の中へ入って行く。それにつれて、カバンやくつ、ベルトなどが落ちていたり、木の枝からロープが垂れ下がっていたりする。そして、取り巻く霊も多くなる。
「ああ、いた」
セーターとジーンズのミイラ化した遺体が、岩に座って亡くなっていた。
「ギャッ!!」
田中さんは飛び上がって驚き、木の根につまづいた。
「落ち着け。あれはあれで、情緒が心配になって来るが……」
班長が僕と直を差す。
僕と直は遺体の写真を撮り、付近の遺品と思われるものを集めて袋にまとめていた。
「初めて生の死にたての遺体を見た時は驚きましたよ」
「でも、その後でパーツがゴロゴロ出て来たり、腐乱死体に這い寄られたりしたんでねえ」
「ああ。動かない遺体なら、驚くに値しないな、と」
僕と直は苦笑しながら言って、もう1人のベテランと作業を終わらせた。
その間に、班長は無線でこの場所を報告し、回収班を要請する。
「自殺なんて逃げですよ。しかもこうやって迷惑をかけて」
更に奥へ進むにつれ、声も霊の姿も多くなり、気配は増える。そして田中さんは、べらべらとうるさい。
単なる浮遊霊を放って進む僕達に、
「祓えないんですか」
などと嘲笑して祓おうとしたので、大して何もできない霊にわざわざ干渉してこの場の霊を刺激するなと言うと、渋々従いはしたが、納得はしていないようだった。
それから少し奥で、枝を踏んだと思ったら白骨化した遺体だった時は、半泣きになって距離を取っていた。
「ああ。これはだいぶ、見つけられなかったな」
「免許証があるぞ。有効期限が昭和だぞ、直」
「ああ。これでやっと、帰れるねえ」
「成仏はできてるみたいだし、何よりだ」
遺品を集め、回収班の要請をしていると、田中さんは
「あんたらおかしいよ」
と言っていたが、それきり、黙ってボーッとし始めた。
「大丈夫か、田中」
「帰した方が良くないですか」
「そうだなあ」
「プライドが高そうだから、帰るかね」
田中さん以外でコソコソと相談し、回収班が到着すると、
「遺品が多いから、田中はそっちを運ぶのを手伝ってくれ」
と班長は田中さんに行って、回収班に合図する。毎年、おかしくなったりする者が出るので、上手く連れ帰るようにと班長はこういう時の合図を決めているのだという。
田中さんと回収班が遺体と一緒に戻って行くのを見送って、僕達は奥へと向かう。
「メンタルは弱かったな」
「普通は、初めての捜索参加じゃあ、多かれ少なかれおかしくなるもんだぞ」
「こいつらに普通の可愛さを求めても、ねえ」
「あ、酷い」
「傷つくねえ」
「うそつけ」
重くなっていく気配と空気に、軽口を叩きながら、辺りへの注意は怠らずに進んで行く。
と、無線から、切羽詰まった声が聞こえて来た。
『田中が突然、小さい霊を祓ったと思ったら、走り去った。見つけたら保護してくれ』
僕達は顔を見合わせた。
「3班了解」
班長は返し、表情を引き締めた。
「田中の捜索をするぞ」
「急がないと危ないが、絶対に1人にはなるな。いいな」
面倒臭い仕事を引き受けたものだと思いながら、僕達は樹海に散った。
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