第315話 怪談(2)ずぶ濡れの猫

 山下がコンビニへ行こうかと立ち上がった時、電話が鳴った。誰からだろうと思いながら出てみると、ただ、ザアザアという音がした。

 何の音だろう。聞いた事はあるんだけどな。そう考えていると、「にゃあ」と声がして、電話が切れた。

 あっけにとられるような気分で切れた電話を眺め、まあいいか、とポケットにしまい、家を出る。

 部屋は2階で、エレベーターを使う程でも無い。エントランス奥の階段で下り始めた。

 が、それに気付いて足を止めた。1番下の段に、水溜まりができていた。ここの階段は雨がかからないし、それ以前に、このところ雨は降っていない。

「誰か水をこぼしたのかなあ」

 山下は水溜まりを避けて、階段を下り切った。

 しかしその翌日も同じ電話がかかって来、階段の1番下とその上の段に水溜まりができている事がわかり、初めて山下は、気持ちの悪さを感じた。そしてその翌日、また同じ電話がかかって来、階段の下から3番目まで水溜まりができている事がわかり、電話のザアザアという音がどしゃ降りの雨音だと思い至って、背筋がゾクゾクとするのを感じた。


 僕はその話を聞いて、階段を視た。

 現時点では、何もいない。

「猫の声と水溜まりねえ。雨に日に猫でもはねましたかねえ」

 直が訊いた。

 町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「とんでもない。僕ははねてませんよ」

 とんでもないと手と首を振る山下さんは、ウソをついているようには見えなかった。

「何か、変わった事でもありませんでしたか。例えば、猫の死体を見かけたとか」

 そう訊くと、山下さんは、ああ、と頷いた。

「花火大会を見に行った帰りに山の上の展望台で休憩したんですが、その時、ひかれて死んでいるのを見ました。

そこで休憩をしながら、4人で1話ずつ怪談をしたんです」

 山下さんは軽く言ったが、僕と直は引っかかった。

「怪談」

「はい」

「……どんな話を?」

「乗客を乗せて火葬場へ行くとそれが本人だったというタクシーの話、死期を知らせに来る死神のいる病院の話、仲間を呼ぶ幽霊のいる事故の多いカーブの話。それと、猫をはねたタクシー運転手が猫と同じようにトラックにひかれて死ぬ話をしました。猫の死体を見たので、創作で。

 話し終わった時に猫が丁度鳴いて、それがドキッとしましたよ」

 あははと笑って、僕と直の様子に、あれ、という顔をした。

「そこへ、案内してもらえますか」


 行ってみると、見晴らしが良く、眼下には街並みと遠くに海がキラキラと陽光を反射しているのが見える。そして、ベンチ周辺には空き缶やたばこの吸い殻、ゴミが多く、それをボランティアか近所の人かが掃除してまとめていた。

「随分とにぎわってるんだな」

「元は夜景のきれいなデートスポットだったんだけど、暴走族が毎晩走るようになって、絡まれるからって、今は恋人ではなく暴走族でにぎわってるらしいねえ」

「ああ、走ってましたね、あの日も」

 3人でベンチまで来ると、猫が9匹、日陰に寝そべっているのが見えた。

「あんた達、動物を捨てに来たんじゃないだろうね」

 おばさんが言うので、直がいえいえと笑った。

「ドライブですねえ。そんなに多いんですかねえ」

「多いよ。犬に猫、アライグマやフェレットまで捨てられて住み付いてるよ。それで、走りに来る連中に毎日のようにひかれるんだよ。今日も、イタチと猫が死んでたよ、かわいそうに。

 ここを何だと思ってるんだろうねえ」

「全くですよねえ」

 おばさんは直相手に喋って気が晴れたのか、機嫌を直して帰って行った。

 その間に周りを視ると、死んだ動物の霊がチラホラいた。

「怪談で寄って来たんだろうな。それで、猫が憑いたんでしょうね」

「猫の話のせいですか」

「雷雨の中で猫がひかれた。この中にもいたんじゃないかな、そんなのが」

「それで、同じだ、と」

「面白がったかねえ」

 山下さんは、泣きそうな顔をした。


 山下さんの家で、待つ。

 と、気配がして来たな、と思うとほぼ同時に、電話が鳴り出した。

 僕達はすぐに外へ飛び出す。

「やあ」

 階段の中ほどより上に、猫がいた。雨にグッショリと濡れ、きちんと香箱座りをしている。電話を持っている様子はないが。

「にゃあ」

「あそこではねられたのか?でも、この人には関係ないだろう」

 黙っている。

「怪談をしていて、脅かしてやろうと思ったのか?」

「にゃああ」

「猫の話で、腹が立ったか?」

「にゃあん」

 猫は鳴くと、嗤ったとしか思えないような顔をして、スウッと消えた。

「ば、化け猫っ!」

 山下さんは腰を抜かしたように座り込み、また1段近付いた水溜まりを恐ろし気に見ていた。








 


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