第308話 心霊特番・イギリス(2)霊能師の恐れ

 ビクビクしている皆は、些細な音にも反応する。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花っていいますよね」

 膝を曲げた時にスタッフの膝関節がポキッと鳴ったのにすら怯えるえりなさんに言ったら、

「じゃあ、あれも気のせいかな」

と言うので、

「ああ。弾圧された彼らの嘆きと怒りの声ですね」

と答えたら、ギャーギャーと耳元で叫ばれた。

 いちいち怯えて悲鳴を上げられるのがうるさかったから言ったが、これもうるさい。

「今、何時?朝までどのくらい?」

 ミトングローブ左手右手は、ひっきりなしに時間を気にする。

「電波、復活してないかな。場所、変えます?」

 高田さんはスマホを掲げたり振ったりしていた。

「落ち着きなさいよ。結界の中なんだから。何なら、朝まで寝ててもいいのよ」

 美里様は悠然と構えている。が、僕と直からは決して離れない。

 スタッフも落ち着きがない。その中で落ち着いているのは、やはりカメラさんだった。

「歌うたおう。歌。ええっと、『ロンドン橋』は?ロンドン橋落ちた、ってやつ」

「……高田さん、それ、人柱を歌った歌だそうですけど」

 スタッフが恐る恐る言って、高田さんは青ざめた。

「じゃあ何か話をしよう。夏の夜に話と言えば、アレだよ」

 ミトングローブ左手右手が言いあう。

「アレ……怪談?」

「お前はドS霊能師か!」

 そのオチはおかしいだろ。

「だけど、あれだな。キャンプみたいな」

「キャンプ。いいねえ」

「手作りのごはん、キャンプファイヤー」

「フォークダンスとかして」

「そうそう」

「それからホッケーマスクかぶって」

「13日の金曜日か!」

 同時通訳してやったら、イギリス人の女の子に受けていた。


 しばらくした頃、イギリス人の女の子に訊いてみた。

「僕達は仕事だけど、君達はいいのかな。電波が通じなくなってるから家に連絡もできなくて、家の人が心配してないかな」

 2人は顔を見合わせて、困ったように言った。

「心配はしていると思いますけど、仕方が無いし……」

 もしこれが兄ちゃんだったら、心配して、探し回ってるだろうな。そう思うと、彼女達だけでも帰してやった方がいいのではないかと思う。

「直、彼女達は仕事じゃないんだし、どうかな」

「うん、そうだねえ。付き合う義務は確かに無いねえ」

 僕達がコソコソ話しているのに、皆、耳を傾けている様子だ。

「でも、訴えられないかな」

「そこが心配だよねえ。どうしたもんだろうねえ」

 考え込んで唸っていると、たまりかねたように、美里様が口を開く。

「何?訴えるって、誰が誰を?」

「ここの管理者とかオーナーか、地元の有志かな、が、僕と直、もしくはテレビ局を」

「……何で?」

 ディレクターが、更にびびって訊いて来た。

「イギリス人は幽霊が好きです。賃貸の家でも、幽霊が出る方が家賃が高いというくらいに」

「うん」

「それが、もし勝手に霊を祓ったら?」

「ええと、怒る?」

 高田さんが答えた。

「でしょう。こんな、霊が出る事を売りにしている観光地なら?」

「ああ、訴えられるかもね」

 美里様が言って、ん?と首を傾けた。

「祓ったら?」

「祓ったら」

「祓えるの?」

「祓えると思うよ。たぶん」

 日本人達が、一拍置いてのけぞった。

「えええーっ!?」

 そして、掴みかからんばかりに皆で迫って来る。

「何で祓わなかったの」

「だから、民事で訴えられたら困るかなあと思って。それに、心霊スポットで一晩夜明かしも番組的にいいのかなあ、と」

 皆がディレクターを見た。

「そう言えば言ってたな。図らずもいいロケになったって」

「ガッツポーズして」

 ミトングローブ左手右手が言い、ディレクターが、

「え、言ったかな……いや、言ったな。はい、言いました」

と認める。

「どうします」

「……できれば、外からドアを開けてもらうまで頑張る感じで行きたいんですが……」

 えりなさんと女性スタッフが、無言で涙目をディレクターに向ける。

 ディレクターは決断を迫られて、脂汗を流している。彼にとっては、今こそが恐怖の時だろう。

「すみません。撮影続行でお願いします」

「ううう」

「訴えられたらどうするんですか?責任なんて取れませんよ。賠償金、バカ高いのは目に見えてるでしょ」

 皆、黙った。代わりに払うという人も出なかった。

「では、そういう事で。

 ああ。それで彼女達は」

「一蓮托生よっ」

 えりなさんが言って、彼女達と肩を組む。2人はわけがわからなかっただろうが、にこにことして、えりなさんの腕を軽く叩く。

 一見、美しい友情に見えた。

 その時だった。ドアの開く音が響き渡ったのは。

「誰かいますかぁ!?」

 ガードマンか警官の声だろうか。

「います、います!閉じ込められています!」

 イギリス人2人が大声で叫び声を上げた。

 帰らない娘を心配した彼女達の家族が警察に連絡し、ここへ来たはずだと皆で探しに来たところで、時間前なのにもう施錠されているドアに気付いたのだ。連絡してみれば、係員は、なぜかわからないがそうしなければいけないと思って、施錠するのに疑問もわかなかったし、その事を今まで覚えてもいなかったと青くなり、慌てて開錠したらしい。

「ああ、良かった」

 感動的に抱き合う彼女達にホッとしたのもつかの間、急に気配が、濃く、渦を巻く。

「おい、直」

「大丈夫。結界で囲ったからねえ」

「全員、今の位置から離れないで下さい」

 日本語と英語で言う。

「何?」

 周りをキョロキョロと見廻す皆の周囲で、霊が靄のようになり、次いで、実体化していく。

「何!?」

「怒ってますねえ、大分。観光客がたくさん来て、うるさかったようですよ。

 あと、生きている人間から体を貰いたがっていますね。観光客からの花束や手紙が、彼らに力を与えたようで」

 彼らが口々に言っている事を要約すればそうなる。

「どうするの」

「どうしましょう」

 管理責任者を振り返った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る