第300話 てるてる坊主(4)てるてる坊主の嘆き

 足元が見えないくらいの長くて白いレインコート。フードをしっかり被って顔は完全に隠れている。

「本当にてるてる坊主だ」

 誰かが言う。

「雨が嫌いなんですか。天気予報が外れて雨が降ったのを恨んでいるんですか」

 てるてる坊主はスウーッと滑るように近付いて来て、直の札に阻まれた。


     ハラガタツ テンキヨホウヲシンジタノニ


 腹立ちは増すばかりで、会話にならない。

「祓うか」

「後ろに結界を1枚張り直すねえ」

 直が札を背後に飛ばす。

「さあて、もう一度だけ訊きます。あなたは、何がしたいのですか」


     アメハフラナイッテイッテイタノニ


 だめだな。

 刀を握り、前に飛び込む。同時に直が、前の結界を解除した。

 てるてる坊主は大きな鋏をどこからか出しており、それでこちらの攻撃を受け止めた。

「反射神経はいいんだな」


     コロス クビヲハネル

     アメハフラナイッテイッタ


「そんなに大事だったら、自分で気圧配置みて予測しろ」

 鋏を振り回し、挟み込んで来ようとする。それを、流し、位置を変え、斬り方、突き方を変える。

 雨が目に入る。髪も服も全身ずぶ濡れで、貼り付いて動きにくい。

 横に軽く飛んだところで、打ち合わせしていたかのように直の札が来る。それを蹴っていきなりてるてる坊主の背後を取り、深く踏み込んで斬りつける。

 浄力をまとった刃はあっさりとてるてる坊主のレインコートを切り裂き、その下の霊体を斬る。

 首に、ロープが巻かれている。そして、額には『恨』の文字。


     オオオオオオ……!!


 パスをつなぐ。

 パワハラで退職に追い込まれ、予告して自殺をする事にした。

 だが天気予報が外れて雨になり、慌てて来るはずだった会社の連中は来なかった。そして額の『恨』の文字が消えないように慌ててレインコートを着て首を吊ったが、それでも文字は雨で消え、ただの大きなてるてる坊主のようになった遺体を発見され、死んでも笑いものにされただけだ。

 天気予報を調べたのに。なぜ外れた。天気予報士のせいだ。

「自殺しかなかったんですか」


     ナニモナイ ナニモデキナイ


「悔しかったんだと思います。でも、このまま恨んでいても悲しいですよ。本当に腹の立つのは予報士ではないでしょう。かと言って、会社の人を恨んだところで、もう、時間は戻らない。

 できる事がまだありますよ。そいつらより、幸せになればいい。超然として、新しい第1歩を踏み出してやればいい。

 それが今、あなたにできる事です。新しい人生は、あなたのものです」


     オレノ……


「逝きませんか」


     アア……


 浄力を当てると、てるてる坊主だったその霊体は、光となって、消えて行った。


 てるてる坊主の動機と自殺に至った経緯は、すぐに週刊誌に掲載された。そして日記や遺体の怪我の痕、彼を嗤うメールや証言から、上司は傷害罪で起訴されることになった。

「それは何よりだったな。少しは留飲がさがるだろう。

 とは言え、予報を外して殺された予報士はたまらないだろうが」

 僕は言って、週刊誌を閉じた。

「美里様のドラマ、視聴率が凄いらしいよねえ」

「編集済みのドラマは安心だからな」

「夏の心霊特番、前のメンバーでまたどうかって言ってるけど」

「面倒臭い」

「でも、今度は海外ロケだって。イギリス、イタリア、スペイン」

「……め、面倒臭い、だろ」

 でも、ちょっと、いいな。

「学生の間しか、海外旅行は難しそうだしねえ」

「まあ、な……」

「名物料理もあるよぅ」

「ああ、くそ、面倒臭いけど、やってもいいかな!」

 僕は陥落し、直は小さくガッツポーズをした。

 ああ。面倒臭い事が起きませんように……。









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