第295話 冷たい手(2)見えない同居人
まだ智史の熱は下がり切ってはいなかったが、ピークは越え、楽にはなってきたようだ。
飛び出すように家に帰ったから、洗濯物が溜まっており、着替えがないらしい。そこで、洗濯機を回す事から始めた。
「なあ、なあ。プリン作ってぇな。牛乳混ぜて冷やすだけみたいなやつ。ツルリンとしてるやつ」
直が、
「プリン派が増えたねえ」
と嬉しそうに笑う。
「わかったから、大人しく寝てろ」
大して調理器具は無い。が、何とかなるだろう。
卵をときほぐし、箸を数本まとめて持って良くかき混ぜる。泡立て器が無いのだ。ここに砂糖と牛乳を入れて混ぜ、ザルでこして耐熱の器に入れる。それをレンジに2、3分かけ、ラップをして10分程置く。そのままでも冷やしてもいい。砂糖と熱湯をフライパンに入れて火にかけ、茶色くなったところで火から下ろし、水を入れればカラメルソースになる。それを、蒸らし終わったプリンにかけた。
「ご飯、食べたのか?」
「んー、食べ……どうやったかな?」
記憶が曖昧らしい。食べてないな。
冷蔵庫にもう限界の大根と人参があったので、小鍋で炊いて、後はごはんと卵と冷凍ネギを入れるだけにしておく。
ついでに、いちごは洗って、ヘタを取って器に入れてラップしておいた。
そうしていると洗濯機が止まったので、部屋干ししておく。女の子がいるからどうしようと思ったが、パンツを見ても動じなかったから、いい事にした。
「助かるわぁ。ホンマ、ありがとうな」
「薬はあるのか」
「ああ、それはあるねん。思い出したんさっきやけど」
「飲まないとねえ」
「そやなあ」
智史は笑った。横で女の子も笑った。
「あんまりいても疲れるだろうから、ぼくたちは帰るね。何かあったら、遠慮なく電話するんだよ。絶対だよ」
「ありがとう、ほんまに」
「鍋を沸騰させて、パックのごはん入れて、卵と冷凍のネギを入れたらいいから。あと、プリンといちごは冷蔵庫だから。それとここに水を置いておくから、時々飲めよ」
「うん、わかった」
「ああ。鍵は閉めないとな。玄関まで来てもらわないとだめだな」
「何だったら、ミステリーのトリックみたいに、鍵を外から戻しましょうか。糸を使って」
ウキウキする楓太郎に、宗が、
「近所の人が見たら何事かと思うだろ」
と言い、それで僕達は、智史の部屋を出た。
と、真先輩、宗、楓太郎が、僕と直に向き直る。
「何かいた?」
「……何でですかねえ」
「視線が時々……」
「はい。他の何かを見てました」
「あれは何かいる時ですよね」
3人共、見えないのに、カンはいい。
どうしようかと迷ったが、言ってみた。
「女の子が1人」
「同棲ですか!?」
「まあ、そう、言える、のか?」
首を捻る。
「2人がそのまま出て来たんだから、悪い子ではないんだろう?」
真先輩の問いに、直が頷く。
「そういう感じはなかったねえ、怜」
「うん。姉妹とかそういう感じかな。まあ、全快してからでもいいかな、と」
「智史先輩、彼女欲しいって、いるのになあ。見えないけど」
「知らぬは本人ばかりなり、だね」
僕達は揃って、出て来たばかりのドアを振り返った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます