第294話 冷たい手(1)発熱
帰りの新幹線に乗っている時から、どうも寒気がしていた。それがマンションに辿り着く頃には視界がクラクラとして、足元もフワフワとして来て、部屋に上がり込むと、どうにかこうにか着替えだけしてベッドに倒れ込む。
郷田智史。いつも髪をキレイにセットし、モテたい、彼女が欲しいと言っている。実家は滋賀でホテルを経営しており、兄は経営面、智史は法律面からそれをサポートしつつ弁護士をしようと、法学部へ進学したらしい。
「カゼかなあ。ああ、体の節々が痛い」
ブツブツというぼやきも、独りの部屋に、寂しく消えて行く。
「くそう。何で死んでもうてん。アホ笑美」
5月の中途半端な時期に実家に帰ったのは、葬儀の為だった。仲の良かった幼馴染がいたのだが、急死したとの知らせを受け、帰ったのである。
「ああ、ホンマ、頭痛いわぁ」
呟く声も、寒気で震えている。
「看病してくれる優しい彼女、マジで欲しいわ」
そう言う途中で、意識を失くすように眠り込んだのだった。
どのくらい経ったのか、体感も当てにならないし、時計を見るのに頭を動かすのですら億劫だ。友人の口癖「面倒臭い」に、今なら心から同意できる。
何もかもが面倒で、そのまま寝ていた。
と、額にひんやりとした手が当てられているのに気付く。
「ああ。気持ちええ」
誰の手かわからない。目を開けるのさえも面倒臭い。熱のせいでもうろうとし、きちんと働かない頭で、直前頭によぎった友人を思い浮かべた。
「怜かぁ?いや、そんなわけ、あらへん……ああ……あかん……」
そのまままた深い眠りに落ちた智史だったが、額の冷たい手は、気持ちが良かった。
病気と言えば、何。その家によって、色々だろうか。
「うどんかなあ」
風邪で寝込んだら、兄がうどんを炊いてくれたものだ。卵でとじた、柔らかめのうどん。
「うちはプリンだねえ。焼きじゃない、ツルンとしたの」
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
「ぼくんちは桃缶ですよ」
高槻 楓太郎。高校時代の1年下の後輩で、同じクラブの後輩でもあった。小柄で表情が豊かな、マメシバを連想させるようなタイプだ。
「うちは雑炊ですね」
水無瀬宗。高校時代の1年下の後輩で、同じクラブの後輩でもあった。霊除けの札が無ければ撮った写真が悉く心霊写真になってしまうという変わった体質の持ち主だ。背が高くてガタイが良くて無口。迫力があるが、心優しく面倒見のいい男だ。
「へえ。うちはアイスクリームだな。バニラの」
南雲 真。1つ年上の先輩で、父親は推理作家の南雲 豊氏、母親は不動産会社社長だ。おっとりとした感じのする人で、怪談は好きなのでオカルト研究会へ入ってみたらしいのだが、合わなかったから辞めたそうだ。
「こんなに家によって違いがあるもんなんだな」
智史の見舞いに行こうと相談していたのだが、こうもバラバラだとは思わなかった。
「男の1人暮らしだからな。アルミの使い捨ての鍋に入ったうどんとか、レンジでチンするごはんとレトルトのどんぶりとか、そういうものがいいかも知れないよ」
真先輩の意見に、成程と納得し、手土産は、そういう便利なものに決まった。そこに、牛乳と卵とバナナといちごを加える。
そして、揃って智史の部屋を訪ねた。
ドアチャイムを鳴らした後、智史が出て来る。のは当然だとしても、驚いた。女の子が出て来たのだ。
霊だったが。
「あ……えっと……」
「ん?」
「いや……具合はどう、かな」
「大分ええよ。ありがとう。まあ、上がって」
にこにこ勧める智史の斜め後ろで、にこにこと彼女も「どうぞ」と手で示している。僕と直にしか見えていないだろうが。
僕達はチラッと目を交わし、屈託なく部屋に入って行く皆の後に続いた。
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