第271話 豆腐の根性(3)豆腐はロックだ
睨み合う親子を前に、僕達3人は、どうしたものかと突っ立っていた。
「おめえの心配をして下さった相手にそれかい、情けねえ。この根性無しが!そんなんじゃ、何をやってもだめだろうよ」
「親父に俺の何がわかるんだよ!」
「へえ。だったらお前には俺の気持ちがわかるってのか、このばか息子が!甘ったれやがって!」
その時、墓地に入って来ようとする人影があり、僕は慌てて2人に割って入った。
「人が来たので、一旦隠れて下さい。幽霊寺の噂が立ちます」
それで2人は渋々、直、寺崎先生と並んで、茂みに隠れた。
「ゲッ」
来たのは、竹本さんのおばさんと貞治さんだった。
2人はある墓の前でしゃがみ込むと、持って来たプラスティックのパックを供えた。
「大丈夫かなあ、兄ちゃん」
「甘ったれだからねえ。強気に出たかと思えば気弱。打たれ弱くてメンタルは豆腐。はあ」
「でも、文化祭とかで、凄くカッコ良かったんだよ。兄ちゃん、ちょっとスランプなだけだよ。充電中ってやつだよ」
「過充電って知ってるかい、貞治」
「……」
「とにかく、あんた。直治をよろしく頼むよ」
「父ちゃん、兄ちゃんをよろしく」
2人は手を合わせ、真剣に祈っている。
と、竹本さんが泣き出して、全員がギョッとした。
「え、兄ちゃん?と、ええっ!?と、父ちゃん!?」
「あ……よう」
「ああ、見付かったねえ」
直が苦笑いした。
竹本さんはふらふらとその墓に近付いて、パックをとりあげると、中の飛竜頭をパクッと齧った。
「美味いなあ」
「へへっ」
竹本さんのおじさんは、溜め息をついた。
「俺も昔は親に反対されて飛び出して、学生運動をやったもんだ」
「ああ。赤ヘルだっけ」
「桃ヘルだ、ばか。赤ヘルじゃ広島カープじゃねえか。
ボロボロになって戻ったら、親父が作りたての豆腐食わせてくれて。美味かった。お袋はずっと陰膳あげててくれて。あんなに、勘当だって追い出されたのによ。
親ってのはそういうもんだ。子供には幸せになって欲しい。夢を叶えては貰いたいが、苦労して貰いたくない。危ないことから遠ざけたい。しがない豆腐屋の親父でも、精一杯そう思うもんだ」
おじさんがしんみりと言い、おばさんが鼻を啜り上げた。
「豆腐屋が嫌なら、別にやりたい事をやりゃあいい。それは本心だ。貞治。お前もだぞ」
「僕は豆腐屋がやりたい。大豆を蒸すのはばかみたいに暑いし、豆腐を冷やす水はばかみたいに冷たい。でも、あの匂いが好きだよ。この毎日が好きなんだ」
「俺だって、豆腐屋が嫌だったんじゃない。親父は誇りだった。うちの豆腐以上の豆腐を、俺は未だに食べたことが無い。
でも、俺は音楽がやりたかったんだよ」
「だったらとことんやれ。死ぬ程お前はやったのか、このばか息子が」
「父ちゃん」
「豆腐はな、やりようによってはどんなものにも料理できる。それは、柔軟なんだよ。自由なんだよ。あれだ、ほら、ロックってやつだ」
「豆腐はロック」
「おう」
おじさんは胸を張って、ニヤリとした。
「お前も、豆腐屋の立派な倅って事か。2人とも、根っからの豆腐屋だな」
竹本さんと貞治さんは、顔を見合わせて笑った。
「母ちゃん、苦労させるな」
「何言ってんだい。嫁に来る時からわかってたよ」
「貞治。済まねえな。それと、ありがとうよ」
「父ちゃん」
「直治。豆腐の根性、思い知らせてやれ」
「お、おう!」
「それと、ちゃんと掃除し直せよ」
「お、おう……」
おじさんはこちらに向き直り、頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ありません。それと、うちのばかがとんだご迷惑を」
「いいえ、とんでもありませんよ」
寺崎先生が言い、僕と直は、頷いた。
竹本さんが売れるかどうかは知らない。でも、間違いなく、竹本家は団結できた。
豆腐百珍ってあるくらい、豆腐料理はたくさんあるからな。でもそれを、自由と言うか。
「おじさん、ロックだなあ」
「おう!」
おじさんは片目をつぶってサムズアップすると、そのまま、光になって、さらさらと消えて行った。
「お、親父!?」
「成仏されました」
「縛り付けておくのは、酷ですからねえ」
竹本さんは鼻を啜ると、胸を張った。
「親父の息子として、恥じないようにしないとな。なあ、貞治」
「そうだね、兄ちゃん」
寒空の下、どこかが温かい、そんな気がした。
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