第247話 妄執(3)父子対面

 調査結果と共に兄が帰って来たのは、定時でだった。

 京香さんも気にはしていたが、子供の世話もあるし、もうすぐ康二さんの帰って来る時間なので夕食の支度もあるしで、何でも手伝うから必要ならいつでも言って、と来るのは断念した。

「冴子のお母さんは、現総帥東条英人氏のいわゆる愛人だったようだ。英人氏の妻が子供を産んだ後、少しして英人氏の秘書を辞め、その後、大阪で冴子を産んでいる。

 その後、高知にしばらくいてから今のアパートに入居したようだ」

「じゃあ、やっぱり冴子姉は……」

「恐らく、英人氏の娘だろうな。時期的に見て」

 シーンとした。

「それが来たというなら、用件は一つだな」

「ああ。冴子を引き取りたい、というつもりだろう」

「今さら父親面されたくないわ。不倫したのも、シングルマザーになったのも、それは母とその人2人の決めた事で、どうこう言う気もない。でも私がどう生きるかは、どうこう言わせる気はないわ」

「冴子姉、漢らしいねえ」

「惚れ惚れするなあ」

 直と2人、つくづく感心する。

「えへへへへ」

「それと不審死の件だが、こちらは少なくとも公式には何も見当たらなかった。本当に無かったのか、隠蔽されているのかは不明だな。

 それに、あれほどの地位だ。恨みを抱く人間の5人やそこら、いるだろうしな」

「そうだねえ。商売敵って事もあるよねえ、会社が潰れたとか」

 ううん。そういう、総帥本人を恨む感じじゃないんだが……根拠を示しづらいな。まあ、何かしてくるようなら祓うのみだ。

 今後の方針を密かに固めていると、インターフォンが鳴った。

 画面を見ると、総帥とできそうな男が映っていた。

「ご在宅ですよね、御崎さん。東条と申します。折り入ってお話があるのですが」

 兄が帰って来るところを見ていたらしい。

「仕方ないな」

 兄は通話状態にして、

「どうぞ」

と言うと、自動ドアのロックを解除した。

 そして振り返ると、僕達に向かって訊いた。

「どうする。取り敢えず隣から内容を聞いておくだけにするか」

「僕はお茶を出すよ」

「ボクは……冴子姉が隣にいるなら冴子姉についておこうかねえ。それとも、いつでも封印できるように見える所にいるべきかねえ」

「……二度手間になるから、一緒に話を聞くわ」

「わかった」

「直、一応札の準備は頼む」

「任せて欲しいねえ」

 2人が来るのを、待った。


 仏壇のある和室に、英人氏とスーツ男、そして兄と冴子姉が、向かい合って座る。

「どうぞ」

 一応、一番いいお茶と茶菓子を出す。お茶は伊勢の玉露で、伊勢神宮で、照姉が神威を付けたものだ。和菓子は急な事なので和菓子屋に行く時間も無く、仕方なく夕食のきんとんを茶巾に絞って、天辺に軽く、抹茶を振っておいた。

 英人氏が堂々と偉そうにして、辺りを見廻してフッと笑ったのがイラッとしたので、軽く神威を当てて、ギョッとさせてやった。

「え、ええっと、その、初めまして」

 スーツ男がしどろもどろになって余裕を無くしながら、名刺を出す。

「東条グループの総帥付き秘書をしております、前原と申します」

 あいさつのやり取りをしている間に、こっちは英人氏に憑いているものを見る。

 やはり、古くて重くて濃く、恨みではなく、執念とかそういうものを感じる。

 それが鎌首をもたげるようにして、兄と冴子姉を窺っていた。

「率直に言おう。あ……」

「冴子さんです」

 コソッと前原さんが言う。

「冴子は私の娘だ。当方で引き取りたい」

 やっぱり、という感じで、今更驚きはなかった。

「お断りします」

「なぜだ。今よりずっといい暮らしができるし、大抵のことは望みが叶う。本が出したければ、幾らでもベストセラーにしてやる」

 冴子姉は、冷たい目で嘆息した。

「そういう考えの人の所に行きたいとは思いません。私には、母がいて父はいません。あなたが母と不倫してたのはあなたと母の問題です」

「そんな理屈が通ると思ってるのか!お前は私の娘だ。だから、婿養子を取って、グループ総帥の血を本家から遠ざけてはならない!」

 憑いているものが、クワッと濃くなる。

「私は成人だし、これまであなたと会った事も無く、ましてやその娘の名前すら忘れるくらい関心が無いんでしょう、私本人には。嫌です」

「わからんやつだな。このままでは、総帥の地位が流れて行ってしまうのに。本家の血が絶えてしまうのに」

「興味ありません」

「いいから戻って、遠い親類に優秀なのがいるから、それを婿にしろ」

「冗談じゃありませんよ。帰って下さい。2度と来ないで下さい」

 ファーストコンタクトで大げんかだ。

 2人は睨み合い、前原さんは嘆息し、兄は静かに、だが断固として言った。

「お引き取り下さい」

 英人氏はギロリとした目を兄に向ける。

「お前がいるからか。そうか。とばしてやるか、クビにしてやるか」

「脅迫の現行犯という認識で構いませんか」

「証拠はあるまい」

「では、精神的に抹殺してやろうか。生きた人間に全力で浄力をぶつけたらどうなるかな」

「精神だけ先にあの世に逝くのかねえ」

 僕と直が言うと、英人氏と前原さんは、青い顔で背を硬直させた。

「怜」

 兄が真面目にたしなめて来るのに肩をひとつ竦め、表情を引き締めた。

「ま、冗談はともかく。

 東条さん。あなたには深い執念じみたものががっちりと憑いていますね。それ、重いでしょう」

 英人氏と前原さんは、ギョッとしたように目を見開き、前原さんは、英人氏から少し距離を取った。

「いい加減な事を」

 言う英人氏の背後で、その気配はどんどん濃くなり、1人の老人の姿になった。

 誰の目にも見えるくらい、実体化している。

 皆の視線を怪訝に思った英人氏が振り返り、それを見た。

「総帥!?」

「もたもたしおって。邪魔はさっさと排除せんか」

 それは、イライラとしたように言った。







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