第246話 妄執(2)財閥総帥

 男2人は、真っすぐにこの部屋を目指してやって来た。そして、迷うことなくドアチャイムを鳴らす。

 変質者じゃない。どうする?兄の調査結果を待つべきか。

「風間さん」

 できそうな方が呼びかけて、耳をドアに押し当てる。

 ドアに付いた小さなレンズからそれを見ながら、僕と直は顔を見合わせた。

 と、薄いドアを隔てて声がする。

「いませんね。バイトの日ではありませんから、例の、マンションでしょうか」

 ん?

「行くか」

 何!?

 2人が離れて行く足音を聞きながら、僕は慌てて家に電話した。

「今すぐそこを出て!隣の京香さんの家に行って!」

 そしてすぐに京香さんに電話する。

「京香さん、今僕のうちにいる人をかくまって下さい。僕もすぐにそっちに行きますから」

 そして次に、兄にかける。

「兄ちゃん!?今奴らが来て、うちにいる事がばれそう。だから取り敢えず京香さんのところに行ってもらったから」

 そしてとにかく、外へ出て家に急ぐ。

 暑い中、マラソンである。


 ヘロヘロになりながら、京香さんの家に辿り着き、まずは冷たいお茶を貰った。

「鍛え方が足りないんじゃないの」

「京香さんに言われたくない」

 双龍院京香、旧姓辻本。僕の霊能師としての師匠だ。結婚して子供もでき、今は手が離せないので、霊能師としての仕事はしていない。おおらかで大雑把、アルコール好きの明るく頼れる女性だ。

「何者なの?」

 スマホで撮って来たそいつらの写真を見ながら、京香さんが訊いた。

「わからない。けど、濃い死の気配がしています。ただの変質者とかじゃなさそうですよ」

「でも、見た事あるのよね、この顔。つい最近」

 京香さんが言い出した。

「どこで?いつ?」

「思い出して京香さん」

「お願いします」

「待って、待って。ええっと、ううんと……あ、テレビのワイドショー」

「……は?」

 あまりにも予想外な答えに、目が点になる。

 京香さんはノートパソコンを開くと、パチパチと打ち込んで、

「あった!」

と声を上げた。

 世界トップクラスの財閥の総帥の息子が乗っていた気球が墜落して亡くなり、直系の子供がいなくなったというゴシップ記事だった。それによると、直系の息子はハッキリ言ってバカ息子で、遠い外戚にできのいい子がいるらしい。近い親戚にいるのは、それなりだとか。まあ、リーダーが全てを決める時代でもなし、親戚に次期総帥の座は流れ、ずっと血統を大切にして来たこの財閥も、新しい血を受け入れて行く事になるだろう。そういう記事だ。そして総裁の写真が載っていたが、それがまさに、あの死の気配の男だったのだ。

 全員でその記事を読んで、首を傾げる。

「で、その総帥が、何の用?」

 冴子姉が訊く。

「もしかして、冴ちゃんって総帥の身内?」

「冗談でしょ、京ちゃん」

 この2人、もう仲良くなってたのか。まあ、姉御肌で面倒見がいいところは似てるか。

「でも、他にある?」

「……コンビニで気の強さを見て、跡継ぎの嫁にしようと思った、とかはどうかねえ」

 考え込む僕、直、冴子姉を見て、知らない京香さんが好奇心に目をキラキラさせる。

「なにそれ、ね、面白い話でしょ、絶対」

「本は?新人賞の本。あれの絡みで、何か。死んだ息子が好きだったので、墓前にサイン入りの本を供えたい」

「もしくは本人がファンで、跡継ぎを今から冴子姉に産んでもらおうと思っているとかはどうかねえ」

 全員、声を揃えて、

「気持ち悪ぅ」

と思わず言った。

 そうこうしているうちに、誰かにくっついてマンション内に入って来たらしく、総帥達が我が家へ到達したらしい。

 マンション入り口が、鍵を持っているか住人が開けるかしないと自動ドアが開かないオートロックシステムの穴で、誰かが通る時に一緒に通れば入れるので、これで防犯が安心とは全く言えない。

 我が家の玄関に付けて来た目が、総帥達がドアチャイムを鳴らすのを見ていた。

「今、来てる。……しつこいな、チャイム3回だぞ。……あ、諦めた。エレベーターの方に行く」

 中継を聞いていた皆は、ホッと、知らずに詰めていた息を吐いた。

「死の気配っていうのは、息子さんの事ね」

 京香さんが言うが、僕は、それだけじゃないと思った。

「それもあります。でも、もっと古くて濃いのが、まとわりつくというよりも、一体化してるような……」

「年季が入ってるのかねえ」

「そう。それにもっと、重くて陰湿な感じかな」

「……先祖背負ってるのかしら」

「血統主義だそうだしねえ」

「私、そんなの冗談じゃないわよ。思い当たるふしなんてないわよ。あ……」

「あ?」

 冴子姉に、注目する。

 冴子姉は何かを思い出すように考え、1人で首を振ったり傾けたりしていたが、やがて、腕組みをして唸り始めた。

「冴子姉?」

「うん。小さい頃、母が唯一の父の思い出の品って言ってたプレゼントされたとかいうブローチが、高かったわ。母の治療費に困った時、母が売って、もう無くなったけど」

「……冴子姉は、隠し子?」

 それが正解のような気がしてきた。

「兄ちゃんに調べてもらおう」

 僕は兄に電話をかけて総帥が来たところから全部話し、ついでに、一族に不審死とか謀殺とかのきな臭い何かが過去に無かったか、調べてもらう事にした。

 あの気配は、良くない。冴子姉には近寄らせたくないし、兄ちゃんにも勿論近寄らせない。

 面倒臭いやつが、現れたものだ。







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