第228話 血族(3)パワフルな女医

 翌朝、美雪さんのところへ行くと、昨夜泊まり込んだ警官がやけに疲れていた。

「何かあったんですか」

「朝、食事の支度をしようとしてコーヒーをひっくり返し、慌てて拭こうとしたら、トーストをバターを塗った方を下にして落とし、それで余計に慌てて、茹で卵を茹でていた鍋を熱湯ごとぶちまけて、大変でした」

「……お疲れ様です」

「……ガード交代します。ゆっくり休んで下さい」

「はい。よろしくお願いします」

「何か、すみませんでした……」

 着替えて出て来た美雪さんが、頭を下げる。

「昼ご飯、いつも外食なんですよね。良かったら、僕、作りましょうか。外食するわけにはいかないので」

「いいのかしら、頼んで」

「気にしないで下さい。

 家を出るの、8時20分でいいんですよね」

 言いながら、冷蔵庫を開ける。後10分しかないし、ご飯も無い。サンドウィッチだな。

 耐熱容器にラップを敷き、卵を割ってラップで包むようにして1分ほどレンジにかける。その間にレタスをちぎって洗うと、水気を切る。レンジが止まったところで、卵を出して、レンジでチンするだけのコロッケを温め、卵にザクザクとナイフを入れて刻むと、マヨネーズ、塩、コショウで和える。そして、レトルトカレーをラップを敷いた耐熱皿に開け、コロッケと入れ替わりにレンジにかける。そして、食パンにからしバターを塗って、一枚は卵を乗せ、一枚はレタスとコロッケを乗せてソースをかけてからコロッケをひっくり返し、一枚にはスライスチーズを乗せた上に温め終わったカレーを乗せ、それぞれパンを一枚ずつ乗せてサンドウィッチにする。そしてカレーだけは端をギュッとしっかり閉じておく。あとはそれらを半分に切り、ラップで包んで箱に詰める。

「サンドウィッチになったわ!」

「なりましたね!」

 美雪さんと警官が驚いているのを放って置いて、残ったカレーはそのままラップを閉じて冷蔵庫へ。卵やコロッケに使った皿にもザルにもこびりつき汚れは無いので、サッと洗って、拭いて食器棚へ。

 7分半。間に合った。

「行きましょうか」

「すっごおい!わあ、早く食べたい!」

 美雪さんはウキウキとサンドウィッチの包みを持って玄関に行く。

「カバン、カバン!」

「あ」

 面白い人だ。

 今日は、昨日の被害者の遺体を詳しく調べてみたいというのが美雪さんの希望だ。

 ケガの治りが異様に早いというのは、保留らしい。昨日の夜、ちょっとした切り傷を作ってしまったら、いつも通りに傷が残っているそうだ。

 直が、エントランスで待っていた。

「おはよう。異常なしだねえ」

「おはよう。じゃあ、行こうか」

 玄関の真ん前に停められた車に乗り、出発した。


 病院に着くと、少し派手な女性がイライラとして待っていた。

「あら、茉莉。おはよう。どうしたの」

「おはようじゃないわよ」

 茉莉と呼ばれた女性は、美雪さんと兄を見て、それから、美雪さんをぐいっと引いてコソコソ話し出した。でも地声が大きいのか、聞こえる。

「進展なかったの?何やってるのよ、バカね。チャンスなのに」

「そういう場合じゃないでしょ」

「何を呑気な。もう私達だって若くないのよ?せっかく御崎君に会えたのに、これを生かせなくてどうするのよ、もう!まだずっと好きだったくせに」

「あ、憧れよう!」

 皆、居たたまれないという顔をしている。

「あのう」

 直がにこやかに声をかけた。

「何!?」

「立ち話は、ちょっと」

 それで茉莉さんは、やっと気づいたらしい。

「ええっと、御崎君は久しぶりね。高梨茉莉です。彼女の友人で、ここで眼科医をしています。

 また昼に来るわ。ランチに行きましょ。そこでジックリと訊くわ」

「私、今日はお弁当なの。ふふっ」

「あんたがっ!?」

「怜君が作ってくれたの。ささっと、7分で美味しそうなサンドウィッチよ。はああ、早弁したい」

「高校生か、あんたは」

 騒ぐだけ騒いで、茉莉さんは白衣を翻して去って行った。

「ええっと、パワフルな人ですね」

 言うと、美雪さんも兄も、溜め息をついた。

「悪い子ではないんだけど……」

「まあ、自分中心なところは、ある」

「……兄ちゃんも、学生時代、苦労したんだな」

 兄は、否定しなかった。


 病理検査室にこもる美雪さんを、外からガードする。

 僕と直も隣で警戒しながら、僕は周りに置いた目で、時々、不審者がいないかチェックしていた。

「血がすぐに止まるのはまだわかるよう。でも、傷跡まで消えるってねえ」

「普通なら気のせいとかだろうけど、本当にケガはしてたみたいだしな」

「その秘密を知られたっていう事で、狙って来てるとかかねえ」

「霊になって目撃者を消しに来るほどの秘密かあ。まあ、利用しようと思えば、利用しがいがある、かな」

「何か、まだ開発中の薬とか」

「ありそうだな」

 言っていると、目の映像に、おかしな男が引っかかった。

「あれ。外から入って来て、通りすがりにクリーニングのかごから白衣を取って着て、早足でこっちに来てる」

「司さんに電話するねえ」

「ええっと、今事務室の前。白衣の中は薄いピンクのワイシャツで、黒いスラックスに、黒いビジネスシューズ。マスクをしてて、時計は高そうでキラキラしてる。中肉中背」

 そのまま直が中継して伝え、視界の中に、警官が4人映った。前後を挟んで声をかけると、男はいきなり逃げようとし、しかしあえなく捕まった。

「あ、捕まった」

 そこで、視界を戻す。

 ああ、これ、疲れる。慣れないとなあ。

「まずは、一安心だねえ」

 直が言って胸を撫で下ろした時、霊の気配が近付いた。

「美雪さん、入ります」

 隣に飛び込む。

 遅れることなく、霊が現れた。

 そしていきなり両手を伸ばして飛び掛かって来るので、腕に斬りつける。


     グアアッ


 だが驚いた事に、みるみる腕の傷は塞がり、元に戻った。


     シラレルワケニハイカナイ

     サイボウヲ シマツシナケレバ


 再度向かって来ようと身構えたが、僕と直、2人を相手取るのはマズイと思ったのか、スッと消えた。

「引き際は鮮やかだな」

「また来るねえ」

 美雪さんは、最初怯えていたが、今は、僕の右手に注目していた。

「ねえ、ねえ、今のはどういう仕掛けなの?」

 あ、面倒臭い人に見られたかも……。

 僕と直は、

「秘密」

と言って、ごまかした。









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