第224話 サイン(2)あと4つ
聖東新聞。それほど部数はない新聞で、とある政党に関係がある。人権や弱者救済を歌っているところで、紙面はほぼ、そういう記事構成になっている新聞だ。
南雲先輩の家の辺りを担当している販売所は、ネットで調べればすぐに分かった。
勧誘に回っている人について訊いてみると、
「ああ。それなら、里中ですね。去年亡くなりましたが。
あの、里中が何かしましたか」
責任者の男は、心配そうに訊いて来る。
「いえいえ、そうじゃないんですよ。この頃、お見かけしないなあと思って」
直はにこにことして返した。
「熱心にやってくれる人だったんですけどねえ」
責任者がそう言う背後を通り過ぎる男が、それに、わずかに皮肉気に口元を歪めた。
「そうですかあ」
その後礼を言って外へ出、少し離れた所で待つ。
ややもすると、男が出て来た。
「あの、少しいいですか」
勧誘員仲間だった男を、見えない所へ誘い込む。
「里中さんのことですね」
「はい」
「一人暮らしで、年金とこの勧誘のパートでの収入が全部でした。そこから、離婚して一人で子供を育ててる娘さんにお金を送っててね。保育所代、高いらしいんですよ。でも、そこじゃないと空きがないらしいし、仕事の都合もあって引っ越せないらしいしで」
ふんふん、と僕達は頷く。
「この勧誘のパートにはノルマがあって、3回連続未達成だと、ペナルティで給料が下がるんですよ。だから私達は、自腹を切って、どうにかノルマを達成させるんですよね。
結局収入は減りますけど、辞めても、この年じゃどこも雇ってくれないしね。
里中さんもそうやってたんだけど、厳しくて……。去年の冬、ノルマ達成まであと4件ってところで、急に亡くなってしまって。
新聞で批判してる事、それをそのまま自分がやってるなんてね。とんだお笑い種ですよ」
男は怒りが溜まっていたらしく、一気にしゃべって、ふうと溜め息をついた。
とんだブラックな職場だったらしい。
「ノルマって営業職では普通なのかな。ペナルティとか」
「一部のコンビニでもあるとか聞いたな。クリスマスケーキとか、節分の恵方巻。ノルマが達成できなくても、それでペナルティはないけど、次から商品が回って来ないとか、実質的にはペナルティが発生するのと同じとかで、店長や、酷いところではアルバイトやパートにノルマを分散させるところもあるらしいな」
兄は冷麺を食べながら言った。
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、今は警視庁警備部に所属する警視だ。
「それは嫌だな」
「なかなか、改善っていうのも難しいらしいしな」
「バイト選びも、ちゃんとしないとな。
急に、智史が心配になってきた。かわいい子がいたら、ホイホイ契約しそう」
「……意外としっかりしてるんじゃないか?」
「だといいんだけど……」
2人で、ありそうな想像を振り払う。
「も、もう冷麺が美味しい季節になって来たね」
今日の夕食は、冷麺、焼きナス、カニクリームコロッケ、中華スープだ。冷麺でも冷製パスタでも、ザルで麺の水を切ってから手でギュッと押し付けるようにしてもう一絞り水を切ると、水っぽくならない。その麺を先にスープで和えてから皿に盛り、具材を乗せると、ぐちゃぐちゃにかき混ぜなくても食べられるので、きれいだ。
「今年の夏も、暑いのかなあ」
面倒臭いことに智史がならないように祈った。
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