第206話 兄弟(2)探す犬の都市伝説

 現場に到着し、マンションを外から見上げる。

 今回の依頼はこの独身者向け1DKマンションの1室の怪奇現象だ。セットにかかわらず朝6時に目覚まし時計が鳴り、トースターのスイッチが入る。夕方、勝手に炊飯器のスイッチが入り、お風呂に湯が張られる。

 それで次々と住人が逃げ出し、誰も入らなくなったそうだ。

 でも、事故物件というには、ここで誰も、亡くなったりしていないらしい。

「それ、見えない家政婦さんかメイドさんがいると思えばいいんじゃないか」

「普通は困るよう」

「あ、そうか。旅行に行ってる時とかもお風呂沸かされたら、勿体ないな、水道代とかガス代とか」

「ああ、うん、確かにそういう意味でも困るねえ」

 言いながら、管理している不動産屋の社員と問題の部屋に入る。

 花柄のエプロンの女性がいた。霊だ。

「どちらさん?」

「御崎です」

「町田ですぅ」

「大介のお友達?まあまあ。今大介は出かけてて、いないのよねえ」

 困ったように笑う。彼女が見えていない社員も、玄関で止まった僕達に困っている。

「大介さんですか」

 騒ぎが起こり始める寸前の住人だ。学生で、春に大学を卒業し、就職と共に退去したと資料に出て来た。

「大介さんは、今、博多にいますよ。転勤になって」

「博多?転勤?」

 彼女は怪訝な顔付きで、首を傾げる。

「あなたはここで何をしているんですか」

「大介が心配だから、手伝いに来てるのよ。寝坊しないように、朝ごはんを抜かないように、晩御飯はちゃんと食べるように、お風呂も入るようにって」

「あなたは大介さんのお母さんですよね。大介さんは大学を卒業して、もう立派な社会人ですよ」

「何を言ってるの。あの子はまだ中学生よ。いじっぱりで、泣き虫で、病院でもずっと私の……手を……どういうことかしら……私、死んだの?」

 呆然として言った後、彼女は、狼狽えたように目を泳がせた。

「思い出されましたか」

「大介さんの卒業間近、5年前ですねえ」

「……ああ……」

 溜め息のように、言葉を吐き出す。

「父親がいないもんだから、あの子が心配で心配で……。そうだったわねえ。死んだんだったわ、私」

 寂しそうに笑う。

「大介さんはお元気でやってるようですよ。お盆に、遊びに行ったらいいんですよ」

「そうねえ。ここにいても、会えないのよね」

「はい。残念ながらそうですねえ」

「あの世に、逝きましょうか」

「はい」

 彼女はどこか晴れ晴れとした顔つきで、逝った。

「親はいつまでも心配するもんなんだなあ。普通は」

「……?」

「うちは、出ないな、と」

「まあ、司さんに絶大な信頼を寄せてるんじゃないかねえ」

「みたいだな。覚えてない程昔から、どうも僕は兄ちゃんに育てられてたようなもんらしい」

「へええ。そういえば、幼稚園の頃も、いつも司さんにくっついてたねえ」

「そうだったかなあ」

「その状態が普通だったから、特別覚えてないんだねえ」

 わからん。

 とにかく終了の旨を社員に言って、そこを後にする。

 協会に報告に寄ると、ソファのところで何人かが集まっていた。

「犬の霊なの?」

「そうらしいわよ。柴犬みたいだったとか」

「どうしたんですかねえ?」

 話の輪に入って行く。

「ああ。主人を探し回る犬の霊。知らない?」

「知らないねえ」

「犬の散歩をしてたら凄い速さで走って来て、こっちを見て『違う』って言って、また凄い速さで走って行くらしいわよ」

「へええ。犬らしいねえ」

 走って探すだけか。それなら別に害はないか。

 見つかるといいなあ。

「帰ろうかねえ」

「うん。あ、ドーナッツ買いに寄っていいか?」

「いいよう」

 僕と直は、協会を出た。








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