第207話 兄弟(3)ドーナッツ

 朝、コン太と一緒に兄を玄関先で見送る。

「兄ちゃん、行ってらっしゃい」

「兄ちゃん、気を付けて」

「行って来ます」

 その後は掃除だ。新聞などをまとめる。昨日の新聞に今日の広告を挟んで古新聞の束にまとめておく。

 と、広告の端で手を切った。

「痛い?怜、大丈夫?」

 バンドエイドを巻いていると、コン太が心配そうに寄って来る。

「大丈夫。ちょっとだけだから」

「そう?

     

    痛いの、痛いの、

    お山の向こう

    こんこん歌えば

    飛んでった


 治った?」

 何だ、今のは。狐のおまじないか。珍しいのを聞いたみたいだぞ。

「おお、直った。ありがとうな、コン太」

「えへへへへ」

「じゃあ、掃除機かけるぞ」

 言うと、掃除機が苦手なコン太はベランダに避難して丸くなった。

 すっかりコン太は我が家の飼い狐みたいになっている。寂しがり屋で、怖がりで、すぐに泣く。そして、優しくて、のんびり屋で、テレビとドーナッツが大好きだ。記憶は戻らない。

 戻らなければ、このまま飼ってもいいのかな。まずいのかな。どうなんだろ。

 考えながら掃除を終え、まとわりついて来るコン太におやつのドーナッツをあげて、テレビの前に座らせる。

「美味しいね」

「そうか」

 チョコレートがかかっているやつよりも、プレーンがいいらしい。

「買い物に行ってくるから、留守番しててくれるか」

「うん、わかった!」

 尻尾をゆらゆらさせるコン太に見送られて、家を出た。

 尻尾のもふもふ感を反芻しながら、スーパーへ向かうべく自転車置き場へ行く。

 と、犬がいた。霊だったが。

「ん?犬じゃない」

「見つけたぞ、この匂い。貴様か!」

 狐が飛び掛かって来た。


 ドアを開けると、鍵を回す音でわかったのか、コン太が玄関先に座っていた。

「怜、早かったねえ。忘れ物?」

 しかし、足元から滑り込んだ狐が、声を上げる。

「探したぞ!」

「え?誰……あ、兄ちゃん!」

 兄弟狐だったらしい。

 2匹でグルグルと回ったりしてじゃれ合う。

「捕まえられていたわけではないと聞いたが」

「うん、そう。怜と兄ちゃんに助けてもらったんだ。どっちも優しいよ。あと、ドーナッツが美味しくて、テレビがおもしろいんだあ」

「ドーナッツ?」

 兄狐の目がキラーンと光った。

「今から買い物行ってくるから、一緒に留守番してて。お土産買って来るから」

「はあーい!行ってらっしゃい!」

「行ってらっしゃい!」

 2匹の狐に見送られて、僕は再び家を出た。











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