第187話 ここにいる(2)増える手形

 先生の車は中古のパジェロミニだが、きれいで、走行距離もそれほど行ってない。新車みたいだ。

 そこに、昨日は何も感じなかったのだが、「ここにいる、出たい」という思念と、下の方に、赤い手形が付いていた。

「昨日、あれから何かありましたか?」

「特には……。ここへ迎えに来て、病院に行って、帰りにスーパーへ寄って買い物をして、ここへ送って来て、家へ帰っただけだなあ。

 車を降りた時は気付かなかったけど、朝見かけたらたらこれに気付いてな」

「京香さんがいる間は少なくとも異常は無かったんじゃないかな」

「そうだよねえ。気付かないわけがないもんねえ」

 直も同意する。

 とすれば、ここから先生の家までか、止めている間か。

「隣の車が変だったとか?」

「いや?片方は出かけたままで空いてたし、もう片方は普通のセダンだよ」

「駐車場で、事故とか聞いた事はありますか」

「ないなあ」

「何だろう。悪意は感じられないし、とりあえず祓っておいて、お守りの札で事故予防しておけばいいかな。その間にもう少し調べてみて」

「そうだねえ。札、こんなもんかねえ」

 さらさらと直が書き始める間に、僕は、思念を祓っておく。

「また手形がつくかもしれないけど、それで事故とかは無い筈だから、そんなに心配はしないで下さい」

「わかった。ありがとうな、2人とも。

 ついでだ。予備校まで送るぞ」

「やった!」

「ありがとうございます!」

 僕と直は、嬉々として、カバンを抱えて後部座席に乗り込んだ。

 クーラーの効いた車内は、飾り気もなく、余計な匂いもなく、先生のカバンと、道具類を入れたと思しきプラスチックケースが積まれているだけだ。

 そして新たに、直のお札がペタリと貼られた。

「中にある荷物類にも異常はないな。思念は外側みたいだしな」

「何だろうねえ」

「まあ、事故予防できたらとりあえずはいいよ。

 それより、どうだ?受験勉強は進んでるか?」

 先生が急に教師らしい事を言い出した。

「んん、まあまあ、かな?」

「ねえ?」

 よくわからない。

「クラブの方も、落ち着いたみたいだな。合宿も、何か今年は普通に終わったみたいだぞ」

「本来はそうですしね」

「これまでが、変だったんだよねえ」

「そうだよな」

 雑談をしているうちに予備校まで着き、車を降りる。

「ああ。セミが凄いなあ」

 耳に痛いくらいに大合唱が聞こえる。

「何年も土の下で、外に出たら人生終盤。どうなんだろうな」

「土の下でジッとしてるのも辛そうだけど、出て来るのも一苦労だよねえ」

「出て来られずに終わったセミも、いるんだろうなあ」

 3人でそんな事を言いながらしばらくセミの声を聞いていたが、暑くなってきたので、我に返った。

「送って下さって、ありがとうございました」

「いや、こちらこそありがとうな」

「また明日、どうだったか聞かせてください。それと、何かあったらいつでも電話して下さい」

「わかった。じゃあ、勉強しっかりな」

 先生は言って、車をスタートさせた。

 僕と直はそれを見送ってビルの中に入りながら、今後について相談する。

「まあ一応、前の所有者が事故を起こしてないかは調べるにしても、ないだろうな」

「ここにいるって、何だろうねえ?」

「監禁?遭難?

 あ。前の所有者、事故でなくとも、災害とかレジャーで遭難したとかじゃないだろうな」

「ああ。それなら、ここにいる、もわかるねえ」

「でも、なあ」

「うん。ずーっと思念がついているわけじゃないんだよねえ」

「変だよなあ」

 唸りながら歩いていたが、すれ違った生徒が、監禁と聞いてギョッとしていた。


 翌朝、どうなったか気になっていたら、先生から電話があった。

「手形が2つついてたよ」

 増えたらしかった。









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