第179話 修学旅行(1)和歌山

 忘れ物が無いか、確認だ。今晩のカレーとポテトサラダは冷蔵庫、ご飯は予約炊飯で、朝のパンと牛乳は帰る日までの分量はある。明日の晩の牛丼ときんぴらは密閉容器に入れて冷蔵庫、ほうれん草は1回分だけをラップで包んで冷凍庫、味噌汁はインスタント。それから――。

「怜。自分の忘れ物が無いか確認しろと言ったんだぞ」

 呆れたように兄が言う。

 御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意、クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警備部企画課に勤務している公務員だ。

「あ……」

 僕は目をそらして冷蔵庫を閉めた。

 御崎 怜、高校3年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺し、秋には神喰い、冬には神生みという新体質までもが加わった霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

 今日から僕達は3泊4日の修学旅行に出発する。これまで学校行事では、1年次の冬山研修も、2年次の臨海研修も、僕達の学年に限って霊が出て来るというアクシデントに見舞われていた。だからというわけでもないが、この修学旅行も、どことなく何かありそうな気がする。どうも、この学年はそういう学年だと教師も生徒も思っている輩も少なくないようだ。

 もしかして、僕と直のせいか?え?そんなバカな事はないだろう?

「関西か。楽しんでこいよ」

 兄が笑った。


 関西空港から観光バスで、まず一日目は和歌山、淡嶋温泉に泊まる。針供養、人形供養、雛人形発祥の地などで有名な淡嶋神社や、とれとれ市場などを見学して温泉へ行く事になっている。

「あれがとれとれ市場かあ。広くて面白かったねえ」

 隣で直が嬉しそうに笑う。

 町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。1年の夏以降直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

 トイレ休憩にとれとれ市場に立ち寄ったのだが、広い敷地内では様々な海産物を始めとした土産物が売っている他、食事処、バーベキュースペース、立ち寄り湯もあるし、道を挟んだ向かい側には、回転ずしまである。観光バスもマイカーも多く、日本人、外国人、たくさんの観光客でひしめいていた。

 ここで僕と直は、トロ箱入りのお得な魚を買って分け合ったりして、たくさんの種類の海産物をお土産に買って自宅へ配送した。ああ、満足感でいっぱいだ。

「やっぱり、釣りがしたいな。海釣り」

「ボクもだよう。前に先生のところで釣ったみたいなの、釣りたいよねえ」

「やるか、直」

「そうだねえ。受験が終わったらやろうか」

 捕らぬ狸のならぬ、釣らぬ魚の、で想像を膨らませているうちに、バスは淡嶋神社に到着した。

 途端に、何とも言えない気配に足が止まる。

 それもそのはずで、市松人形もフランス人形も、ありとあらゆる30万体という人形が奉納されていた。招き猫コーナーなどはまだしも、迫力は凄い。

 それに、そんな外に並べられている人形は雰囲気でギョッとさせられるが、本堂の中からは、本当に霊的な気配がしていた。

 やたらと、怖い怖いと言いながらも嬉々として写真を撮る皆は、軽い心霊写真を狙っているらしい。

「ここで宗が写真を撮ったら、凄い集合写真になりそうだな」

「うわあ。想像したよう」

 女性にご利益のある神社という事で、人形、針だけでなく、婦人病予防にパンツを奉納する珍しいコーナーまであり、そちらへ目を向けるだけで男子は変態扱いされていて、それでも見たいとかいう数人の勇者が近付こうとして、ゴミ虫を見るような目を女子に向けられていた。

「あ、私子供の頃、この人形持ってた。凄く好きだったんだけど、引っ越しの時に無くなっちゃって」

「私も持ってたなあ。流行ってたもんねえ」

 言いながら、女子グループが写真を撮り、人形に触っている。と思ったら、急にわらわらと男子も女子も寄って来た。

「なあ、怖くない心霊写真とか撮れないかな」

「一緒に記念に撮ってくれない?何か写りそう」

 そういう要員なわけか、僕達は。ああ。誰だ、旅行の行程にこんな神社を入れたのは。面倒臭い。

「サービスしてやるか。

 レベル、1から5で選べ。因みに5は、すぐにお祓いに行かないと死ぬ」

「誰が頼むんだよ、そんなの!」

 ギャアギャア言いながら写真を撮り、境内をグルリと回り、バスに乗って旅館へ行った。


 温泉へ入り、海の幸いっぱいの夕食に舌鼓を打ち、ゲームをしたり色々と話をしたりして就寝時間となったのだが、異変は夜中に起こった。

 女子数人が、顔色を変えて僕達の部屋へ飛び込んで来る。

「へっ、女子から夜這い!?誰!?」

 叫んだ同室のやつを綺麗に無視して、僕と直のところに飛び掛かって来た。

 ここで、皆が気付いた。

「やっぱりな。出たか」

「どうせ何かあると思ってたよ」

「行事の度に、絶対何かあるもんな」

 言いながら、目を輝かせて、全員枕元にスタンバイさせていたカメラに手を伸ばす。就寝後に騒ぐな、部屋を出るな、と言う立場の先生も、注意もせずに何が起こったのかと見物する気満々で、様子を窺って近付いて来る。

「何だろうな、この期待感……」

 思わずぼやく僕に、直も苦笑する。

「部屋に来て!早く!」

 青い顔で、腕を掴む握力は尋常ではない。

「わかった、行くから、痛い、痛いって」

 引っ立てられるようにして女子の泊まる階に行き、今度は付き飛ばされるようにしてある部屋へと案内された。

「着く前から分かってたけど、連れて来たな」

「宴会中だねえ」

 その部屋で、6体の人形が追いかけっこをしていた。キャラクター人形の首がグルグル回り、フランス人形がケタケタと笑い、市松人形がドリルのように旋回する。

「お菓子も荒らされたのか」

「あれは私達――いえ、そう!困ったわね!」

 背後が一気に人でいっぱいになり、フラッシュが光る。

「皆起きてたのか、まだ」

「何か絶対にあると思って」

 凄い嬉しそうな声で、背後のやつらが答えた。

「まあ、いいか。

 ただはしゃいでるだけのやつだな。昼間神社で、触っただろ。それで、連れて行ってもらえると、また遊んでもらえると思ったんだな」

「簡単に触るのは良くないねえ」

「祓うほどでもないし、封じて戻すか」

「そうだねえ。帰ったらまた、仲間と遊べるしねえ」

 直と簡単に決めて、浄力をぶつけると、飛び交っていた人形はポトリポトリと落ちる。それを、札で上からしっかりと封じておく。

「もう騒がないから。

 じゃあ」

 部屋へ戻ろうとする僕と直を、女子達が引き留めた。

「ちょっと、これどうするの。このまま?」

「大丈夫だ。朝、神社に還せばいい」

「ここに置いておくの!?朝まで!?」

「もう何もないよ?」

「いやいやいや」

「じゃあ、僕達の部屋に――」

「ちょっと待てよ、おい!俺達も同室!」

「じゃあ、先生の部屋で」

「ええええ!?」

 修学旅行1日目は、こうして過ぎて行った。




 

 

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