第173話 はないちもんめ(4)大掃除
掃除道具を借りに、母屋へ行く。京香さんは小声で、
「大丈夫?私も手伝おうか?」
と言ったが、断る。
「危険です。双龍院の血筋と妊婦は、終わるまで近付かない方がいいですから。
それに、風習云々はともかく、感謝しているのは本当だし。な」
直も笑って頷いた。
「まあ、あれですよぉ。伊達に、怜だって最終兵器扱いされてるわけじゃないし、核弾頭コンビと呼ばれてるわけでもないし。ねえ」
「そうですよ。
それより、奈津さんをお願いします。昨日雑霊は祓ったけど、まだいます。多分、体調不良の根本原因」
「わかった。じゃあ、そっちは任せたわ。でも、無理はだめだからね。師匠の命令だからね」
「はあい」
「うわっ。その気がなさそうな返事」
3人で笑い合い、途中で別れる。
ふと視線に気付いて振り返ったら、居間から、深々と頭を下げる富紀さんが見えた。
まずは、札で囲い込んでよそへ逃げ出せないようにする。そして、少々の物音を立ててもバレないように。
「さて、行くか」
「らじゃー」
僕と直は、離れに足を踏み入れた。
「手あたり次第に行く?」
「そうだな。もう、それでいいだろ」
「ん」
浄力をガンガンぶつけて行く。座敷にいた霊達は、どんどんと端から浄化されて逝った。それにつれて、座敷が明るくなっていく。
廊下に出、奥の部屋へと進んで行く。
時々投げつけられて来たものは、直が対応する。しまい込んである壺とか日本刀とか掛け軸とか、一目で高そうだと分かるものも、幽霊にとっては単に凶器であるだけだ。壊す事にも躊躇が無い。
何気に、直が神経を使って大変そうだ。これはとっとと始末してしまわなければ……。
箪笥が並ぶ衣裳部屋や、花器などのしまわれた納戸も酷い。ここは欲の塊みたいだ。自分の物だと言って離さない女や、これで家に帰れると笑う子供、それから奪う女。
成仏してもらう。
手で畳を掘り返そうとしている女がいる。ここに自分の産んだ子がいる、と。生まれてすぐに殺されて、埋められた、と。殿の手付きになった女なのだろうか。お家騒動の素、身分違いと、許されない子供だったのだろう。それも、床下の子供と一緒に祓う。
呪詛で苦しむ女、呪詛返しで苦しむ女もいる。
家に帰りたがって泣く子供もいる。
別れた誰かに会いたがって、逃げ出そうとしては戻る、のループにはまる女もいる。
自害する女、殺害される女、手打ちにされる女。
それらを片っ端から祓って行った。
実体化した霊もいるが、瞬時に斬り祓う。
どのくらい経ったのか、どのくらい祓ったのか。もういない、もう大丈夫と確信できる頃には、僕も直も、すっかり疲れ切っていた。
「ハードだったなあ……」
すっかり普通の畳になった座敷で、へたり込む。
「主に、精神的にねえ……」
直も、背中にもたれかかった。
「でも、スッキリしたな」
「お疲れ」
ハイタッチを交わした時、富紀さんが、御茶と羊羹を持って現れた。
「あ、ええっと」
ゴソゴソと座り直す僕達の前で、富紀さんは横に盆を置いて正座し、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
やっぱりバレてた!!
「いや、ああ……はい。勝手な事をして、すみませんでした」
僕と直も、正座をして頭を下げた。
ありがたくお茶を啜る。
「この家は、女達の恨みと悲しみで呪われているんですよ」
富紀さんは、溜め息をついた。
「双龍院家が大名だった頃のある当主が、酷い男で。ここに大奥さながらに離れを作って、近隣の女性を、金銭でかき集めて来て閉じ込めていたそうよ。
時代劇でも出て来るでしょう。貧しい家の娘や、仕えている家来の妻までも、お金や命令で。悲しんで帰りたがる者もいれば、引き裂かれた相手を思って泣いて恨む者もいる。ここで覇を競い合っての闘争も起こって、蹴落としたり、生まれた子供は即座に殺したり、そんな事も行われていたらしいわ。後は、綺麗になりそうな小さい子供を育て上げて、政治の道具として誰かのところに送ったり。恥の歴史だわね。
この事は、当主になったら知らされる秘密よ。
この家がどうにも重苦しいのは感じていたけど、見えなかったから、はっきりとはわからなかった。でも、変な感じはずっとしていたわね。奈津さんが流産を繰り返すのも、もしかしたらとは……。
でも、京香さんは霊能師だというし、優秀なお弟子さんが一緒に来てくれるというし、これでやっとスッキリするんじゃないかと、期待したのは事実だわね。ごめんなさいね。勝手な事を言ってるわね」
「いいえ。お役に立てたなら、それで充分です」
富紀さんは、最初に見た時とは違い、すっきりと明るい表情をしていた。
「それで、どうだったのかしら」
「はい。確かにかなりいましたが、全て祓いました。もう、悲しんでいる人はいませんし、雑霊が引き寄せられる事もないでしょうから、心配はいりません。時々、先祖の霊と一緒に冥福を祈れば十分です」
「そう。もう、悲しみが終わったのであれば、幸いだわ。同じ女としても、双龍院家の人間としても」
そう富紀さんは言って、ホッとした顔をした。
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