第167話 鏡像(2)ふたりでひとり

 スケート場を眺めて、僕は直に聞いてみた。

「直。中は寒いのかな」

 御崎みさき れん、高校3年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺し、秋には神喰い、冬には神生みという新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「どうだろうねえ。でも、氷が張ってあるんだしねえ」

 自信無さそうに直が答えた。

 町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。1年の夏以降直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

 僕達がここへ来たのは、知り合いに相談を受けたからだ。友人が、この頃どうもおかしい、と。

「まあ、行くか。凍死することもないだろうしな」

 僕と直は、スケート場に足を踏み入れた。

 楕円形のスケートリンクでは中学生以上のフィギュアスケーター達がスピンやジャンプの練習をしており、それを4分の3周取り囲むようにしてある観客席では、コーチと、或いは仲間と話をしているスケーター達がいた。

 どこだろうかと見廻していると、後ろから飛びつくようにして僕と直の肩に手をかけて間に入って来るやつがいた。

「久しぶりーっ!」

 相談者、りみこと江口りみだった。

「りみか。元気そうだねえ、相変わらずバカみたいに」

「失礼なやつねえ」

 言いながらも、りみはケラケラと笑っている。

「直は相変わらず、ソフトに失礼だし。怜は相変わらず、つまらなさそうな顔してるのねえ」

「ふん。放って置け」

 振り返ってみれば、りみの背後に、目を丸くした、僕達と同じくらいの年の男女がいた。

「ああ。紹介するわね。

 親友の澄川冬美。努力家で真面目、清楚なユリね。

 こっちは知ってるかな。成田昌海。ウチの王子様で、日本フィギュア界のエース。

 この2人は小学校の時の同級生で、御崎 怜と町田 直。2人共紫明園でも成績優秀らしくてね、ちょっと相談に乗ってもらいたくて呼んだの」

 どうやら、相談内容は秘密らしい。

「初めまして。御崎です」

「初めまして、町田です。ご活躍は、かねがね」

「どうも、成田です。よろしく。紫明園なんて進学校、入るだけでもムリですよ。ぼくも勉強見てもらいたいや」

「澄川です。初めまして」

 成田はフィギュアの世界大会に日本代表で出る常連で、王子と称されていて、芸能人並みに知名度があるので、流石に僕でも知っている。中性的な感じで、意外とサバサバしていそうだ。

 澄川さんは、大人しそうで、芯の強そうな目をしていた。

「りみの小学校時代か。さぞかし、お転婆だったんだろうね」

「その通り。男以上に漢らしい姐さんだったねえ」

「男子はほぼ全員舎弟」

 成田は噴き出した。意外と、笑い上戸なのだろうか。

「もう、余計な話はいいの。

 じゃあ、ちょっと、向こうで」

 僕と直は、りみに先導されて、離れた所の観客席に移動した。


 冬美は、まだひくひくと口元をさせて笑いをこらえる成田と2人になり、少し焦った。

 どうしたらいいのか、何を言えばいいのかわからないのだ。ひたすらどうしよう、どうしようとオロオロしていると、どこかで

「かわってあげる」

と声がして、スッと、夢を見ているような感じになった。

「面白い人ね。それに仲がよかったのね」

 自然と、自分がしゃべっている。冬美は内心、ギョッとしていた。

「そうだね。小学校時代から、プププッ、ああだったんだね」

 笑いの発作を復活させて、成田が言う。

「成田君はどんな子だったの」

「ぼく?普通だよ。フィギュアするまでは野球が好きだったし。少年野球のチームでスケートに来てフィギュアを見なければ、今頃、甲子園を目指してたと思うよ」

「ピンと来ないわあ」

 冬美はスムーズに言葉を返しており、自分の中から自分を見ながら、どういう事かと頭をひねる。

「よっぽど印象的な事があったの?」

「そうだね。子供スケート教室があって、とても楽しかったんだよ。その後の模範演技は、まるで妖精が踊っているのかと思ったくらい感動したし。それで、ペアをやりたいと思ったんだ」

「そう。じゃあ、ペア転向は、念願がかなったというわけなのね」

「そう!そうなんだよ!

 ねえ、良かったら、少し付き合ってみてくれないかな。今とても、滑りたい気分なんだ。並走するだけでいいから。だめかな」

「勿論いいわよ」

 冬美は成田の腕を取り、リンクへ向かった。

 冬美の中で、冬美は、「もう、死にそう」と思った。


 観客席に座りながら、小声で話す。

「で、相談ってのは。あの2人には内緒なんだな」

 りみは真剣な顔で頷いて、少しためらいがちに言った。

「冬美の事なのよ。何かこの数日、変なの。突然別人みたいになるのよ。憑依?そういうのじゃないかと思って心配で……」

 僕と直はさりげなく、立ち話をする冬美と成田を見た。

 笑い続ける成田と、大人しそうに、控えめに傍に立つ冬美だが、明らかに、冬美は2人で放り出された事にオロオロとしている様子が窺える。目も合わせられないようだ。

 やがて冬美は自分から、堂々と話を振り、成田と腕を組み、リンクへ向かって行った。

「急に、積極的になったねえ」

「そうなのよ。おかしいのよ。ありえないの。それで、後でいきなりいつも通りに戻るのよ。

 この前は、クラブに入るところを見かけて、声をかけたら、知らない人みたいな顔をしてきて。

 おかしいでしょ。冬美は、そんな子じゃないもの」

 りみは、ピッタリとスピードとエッジの蹴りを合わせて滑る2人を見ながら、泣きそうになっていた。

「本当に大事なんだな、澄川さんが。

 結論から言うと、別の気配は無いな。ただ、二重写しみたいに、澄川さんが重なってる感じがする」

「……それ、やばいの?」

 僕と直は、顔を見合わせた。

「どうだろう?二重人格?解離性の精神障害?それとも、霊的な障害?」

「ええ、わかんないよう」

 無言で、会話する。

「ええっと、要、経過観察?」

 りみは、不満そうに口を尖らせた。




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