第128話 だるまさんがころんだ(4)振り返れば奴がいる

 楓太郎は、家から出ない作戦に出た。夜になって、アイスが無い事に気付いても、母にお使いを頼まれても、今日だけはごめんなさいと断って家から出ない事にした。

 スマホにいかに頼っていたか。怜にも、直にも、宗にも電話がかけられない。スマホを修理に出そうにも、家から出られない。昔は連絡網というのがあって、クラス全員の電話番号が書かれた紙を皆持っていたらしい。それを聞いた時は、なんてのどかで無防備な時代だろうと思ったものだが、今の楓太郎は、それを心の底から欲しいと切望していた。

 怖い、怖い、怖い。

 でも、出かけてないし。

 楓太郎はそれを繰り返して、1人、自室にいた。

「あれ?もしかして、今日大丈夫でも、ただ1日飛ぶだけ?明後日にまた続きから?そんな……じゃあ、ニートになるの?」

 大変な可能性に気付いてしまい、ますますパニックに拍車をかけた。

 そうこうしているうちに、昨日寝付けなかった反動か、眠くなってきた。机の前に座って、うつらうつらと、舟を漕ぐ。

 と、その気配に気付いた。

 自分以外誰もいない部屋なのに、誰かの息遣いが聞こえる。

 お母さんかな、お父さんかな。どうして何にも言わないんだろう。

 多分違うだろうなあ、とはわかっているのに、そんな事を思う。

「ええええっと……」

 ゴクリと唾を呑む。喉が引っ付いて、上手く呑み込めなかった。

 どうしよう、どうするべきかな。振り向いて後ろを確認するべきかな。でも、それを確認したらもうだめな気がする。どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 こんなに迷ったのは、人生で初めてかも知れない。

 しかし楓太郎は、後ろを確認しない方が恐ろしい気がして、とうとう、ゆっくりと、体を後ろに向けていった。

 何もない――のではなかった。目線の少し下、小さい子供くらいの何かがすぐ後ろに立っていた。おかっぱで、目が黒い穴になっていて、やけに顔色が白い。

 その唇がゆっくりと、ニイィッと吊り上がる。

「ヒッ」

 そして手が、オニに――楓太郎に向かってゆっくりと上がっていく。

 タッチされたらおしまいだ、と、本能的にわかった。でも、どうしたらいいのかがわからない。楓太郎は、その手をジッと見つめるだけだった。


 と、ドアが物凄い勢いで開いて、

「だるまさんがころんだ!はい、ストーップ!!」

と、飛び込んできた人がいた。

「せ、せ」

 幽霊はピタリと止まり、その幽霊に向けて怜が刀で斬りかかった。同時に札が楓太郎の前に飛んで来て、幽霊の上げた手がぼくに触れないように膜のようなものを張る。

「ヒャアア、ギャアア」

 幽霊は、フシュウという感じで消えて行った。

 怜と直が辺りを確かめるようにしている中、ズンズンと近付いて来た宗が、ペチンと楓太郎の頭をはたく。

「このバカが。間一髪じゃないかっ」

「うう、ごめん。でも、いきなりスマホが壊れて、外を歩いたらあれが来ると思って、でも家の中なのにあれが来て、うっ」

「わかった。わかったから泣くな」

 宗は困ったようなホッとしたような顔をして、息を吐いた。

 怜と直は、

「間に合って良かったよ、ギリギリだったがな」

「いやあ、心配したよう」

「2人共、もし何かあったら、夜中だろうが何だろうがすぐに電話しろ。いいな」

と言って、宗と帰って行った。

 そしてやっと落ち着いた頃、楓太郎と両親は、

「いいクラブに入ったなあ。足を向けて寝られないな」

と、しみじみと言い合ったのだった。

 そして楓太郎は、

「もうだるまさんがころんだはしない」

と、誓ったのだった。




 

 

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