第123話 未来・直(2)お灸大作戦

 祖父も祖母も、元気だ。自分達が食べるだけの田んぼと畑をやっていて、ピンピンしている。いつも着いたらすぐに、泳ぎに行こうか、キャンプに行こうかと誘って来る。

 なのに今年は、着いて玄関の戸をガラガラと開けた時の雰囲気が違っていた。

「こんにちは」

「おお、着いたか。暑かっただろう。ほれ、早く上がりなさい。

 ばあさん、ばあさん」

 祖父と話していた近所のお爺さんが、深刻そうな顔から一転、ニコニコとした。

「直君と晴ちゃんか。大きくなったなあ」

「こんにちは。ご無沙汰しています」

「まあ、しっかりとして。

 はあ。うちの孫もこれならこんな事には……」

「何かあったんですか」

「ううん。実は、会社の車で事故を起こしたとかで、泣きつかれてな。150万程都合してもらえんかと言って来た」

「それ、サギじゃないんですか」

「そうですよう。オレオレ詐欺」

 ボクが言うと、晴もすかさず同意する。誰が聞いても怪しいと思うだろう。

「いや、それが本人で間違いないようでな。現金が無理なら、わしが親からもらった壺を売ってはくれないかと言うんだ。壺の事を知っているから、他人じゃなかろう」

「いや、本人でもそれはおかしくない?」

 晴がズケズケと言った。

 このお爺さんの孫は、何度か見た事もあるが、見るからに遊び人という感じの男だった。悪いけど、その事故とやらは信用できない。

「ううん。しかしなあ、本当に困っとるなら……大切な形見とは言え……孫には代えられんし」

「ふむ。その気持ちはわかるがの。

 そうじゃ、直。お前、ちょっと調べてくれんかの。

 こいつはなんとかいう国家資格を取ったんじゃよ」

「じいちゃん、霊能師だよ。そんな調査は……」

 年寄り2人は聞いちゃいない。

「おお、それは心強い」

「だろう。任せたぞ」

 えええ……。

「これがその壺だ」

 箱から、綺麗な壺を取り出す。

 いや、どうしよう。見せられても……。

 と、それに気付いた。壺の中に男女の霊がいて、男の方はムッツリと機嫌が悪く、女の方は心配そうにオロオロとしていた。

「ええっと、どちらさんですかあ」

 人間達が、全員ギョッとした。

「こいつの親だ」

「あ、初めまして。町田と言います。お爺さんのご近所の、孫です」

「全く、我が息子ながら情けない。甘い!」

「はあ」

「わしは知らん!」

 それで男は消え、女は一礼して後を追った。

「な、直?」

「男の人と女の人がいたねえ。怒って消えたけど」

「ほおお」

 多分、お爺さんの両親が、壺の中で、お爺さんを心配しているのだろう。

 そう思うと、放っておけなくなる。怜の気持ちが、よーくわかった。面倒臭いなあ。

 とは言え、何をどうしようか。

「お兄ちゃん、どうするの」

「困ったねえ」

「霊に脅してもらって、白状させるとか」

「霊って、どの……あ」

「閃いたか、直」

「まあ、上手くいくかどうかはわからないけど、霊が怒ってると見せかけて、本当かどうか喋ってもらうというのはどうかなあ、と」

「よし。それで行こう。いいかの、それで」

「よろしく頼むよ、直君」

 という事で、仕掛けに取り掛かった。


 孫と上司が、やって来た。奥の、仏間に通す。

「じいさん、壺だけど」

 金の太いネックレスの孫が、上目遣いで言う。

「これだな」

 仏壇の前の壺を振り返った。

「高いんだよな、それ」

「わしが両親からもらったものだ。値段とかは聞いた事は無い。ただ、大事にして来た」

 上司の口元が、ニヤリと吊り上がる。

「少し拝見を――」

「大切にしないとえらい事になるからとな」

 言った途端、座卓がガタガタと揺れ出し、茶器がこけてお茶がこぼれる。

「でええっ!?」

 孫と上司は、腰を抜かしそうになっていた。

「じ、地震!?」

「いや、壺も位牌も揺れてない!」

「じゃあ、何で――うわああ!」

 今度は2人の座る座布団が揺れながら浮き上がり、激しく揺れた。

「なんだこれェェェェ!?」

「先祖の霊だろうな。町田さんところの直君が霊能師の資格を持っとって、この壺には霊が憑いていると言ってたからなあ」

「れ、霊!?」

「聞いてないよ!?」

「ハッキリと聞いたのはわしも初めてだからなあ。なんでも、売られるとなって先祖が怒って、事故の経緯とか程度とかを訊きたがっとるらしいぞ。ちょっとやそっとのことじゃ、納得できんとな。ましてやそれがまやかしだとか言えば……なあ」

「ヒイッ」

「お、落ちる!落ちる!」

「なあ。まさか、うそじゃないよな」

「もももちろん!」

「それが嘘だとわかったら、人の手に渡っていたとしても、祟るそうだ。壊れていても、必ず、お前とそちらさんに祟るそうだ。直君が聞いてくれたよ。

 さて。事故の事だが、150万必要な程の事故だったんだな?」

 座布団がふらーりと揺れ、座卓が激しく揺れながら浮き上がり、鴨居の上の先祖の遺影が全て、ガタガタと揺れて孫と上司の周りを取り囲む。

「ヒイイイイッ!!よ、よく考えたら大丈夫かな!ほ、保険もあるし、な!」

「そそそうですね!!大丈夫だよじいちゃん!!」

 遺影、座卓、座布団が元の位置に戻る。

「大丈夫。それでどうして、わしの所に来たのかな」

 まだ青い顔を更に蒼白にして、2人は土下座をした。

「申し訳ありませんでした!!」

 おじいさんはムッツリと口元を引き締め、腕組みをして、孫を睨む。

「つまり」

「全部嘘です!」

 その時、風呂敷の上に乗った壺から煙のようなものが立ち上がると、唖然とする3人の目前で人型になった。

「え、親父、お袋?」

 お爺さんが言うのに、霊体の男の方が、

「このばかもんが!!孫を甘やかすな!貴様も、二度とこんな真似をしてみろ。どうなるかわかっとるだろうな。ええ?」

と睨み付けるので、3人は同時に土下座して、

「ごめんなさい!」

と謝った。

 こっそりとそれを見ていた直は、一般人にも見えるようにするものから物を動かす為のものまで、大量に使った札を回収する手間とコストを考えてゲンナリとしながらも、たまには祖父とその友人の為に力になるのも悪くないし、いい土産話ができたと、ちょっと笑った。



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