第101話 夢と現(5)夢の終わり

 渉は、ガタガタと、震えて過ごした。

 他の犬は、心細げに遠吠えをしたり、ウロウロと歩き回っている。

 殺処分ゼロの自治体もあるらしいが、ここはどこなんだろう。そもそもどうしてこうなったのか。クロをいじめたのが悪かったのか。

 渉は色々と考えてみるが、よくわからなかった。ほかにも、動物を虐待している人はいる。それこそ、もっと酷い事をしている人もいるのに。どうしてぼくなんだ。

 そう考えて、クロも、いじめられるのが、どうしてぼくなんだと思ったのかも知れないと、ふと思った。

 因果応報、なのだろうか。

 涙が出た。

 職員の足音が近付いて来た。ビクリと、体が震える。

 ぼくは犬だった。人になる夢を見た、犬だ。渉は、薄く嗤った。


 檻の中に、渉がいた。

「渉っ!」

 ピクリと耳を動かして顔を上げる。そして、尻尾を千切れんばかりに振った。

「ワンワンワンワン!!」

「もう大丈夫だからな、大丈夫」

 号泣する白金家夫婦に、職員は、迷子の飼い犬が見付かったのだと思っているらしい。

「良かったですねえ」

 言いながら、渉を檻から出す。

 2人と1匹は抱き合って感動の再会をしていた。

「とにかく、帰りましょうか」

 促して、車に乗り込み、家を目指す。

 これで終わりではない。どうやって戻し、再び入れ替わらないようにするのか。

 家に着くと、クロは玄関でしゃがんで待っていたが、渉が一緒なのを見ると、歯をむいて唸った。渉の方は、両親の陰に隠れたものの、顔を出して、

「ワン!」

と一声鳴いた。

「とにかく、一晩待ちましょうか」

「今度は逃がさないようにしないと」

 そんな事を言っていると、クロがしゃがみ込んだ姿勢から、いきなり渉に飛び掛かる。

「クロ!?」

 何としても殺そうというのか。歯をむき、渉に噛みつこうと全身で暴れた。

 それを札で拘束し、どうにか引き離す。だが、まだクロの闘志は衰えない。

 一方で、渉はブルブルと震え、尻尾を巻き込んで、「クウン、クウン」と鳴いていた。

 とにかく、渉の首輪をしっかりとつなぎ、クロは眠らせてしまう。


 朝が来た。

 渉の体が目を開く。それを、睡眠不足の両親が無言で心配そうに見る。

「おはよう」

 それを聞いて、崩れるように体の力を抜く。

「とりあえず、本来の体に戻ったわけですね。

 渉君。こうなった原因に何か心当たりはありますか。もしくは、あの日、あの前日、何がありましたか」

 渉は一瞬ビクリとしてから、僕の問いに、伏し目がちに答え始めた。

「いじめたこと、か」

 どうなんだろうなあ。

 もちろんそれは良くない事だ。卑怯で、許してはいけない事だ。

 だからと言って、世の中の他の動物虐待犯が、入れ替わったとは聞いたことが無い。

「クロが特殊個体なのかな」

「もうそれしか、考えられないよねえ」

「今のうちにクロを殺したらーー」

 父親が言うと、渉がピクリと体を震わせた。

「やめて、お父さん。クロは悪くないよ。いや、全然とは言わないけど、元々はぼくが悪い」

「渉」

「今でもわからないんだ。ぼくは人の夢をみる犬なのか、犬の夢を見る人なのか」

「バカな事を言うな!」

「だから、人生半分こでもいいや」

「渉!」

 母親が叫ぶ。

 反省したことは、評価しよう。

「入れ替わりを防ぐ方法は、絶対ではありませんが、試す価値のあるものがあります。試していきましょう」

 渉とクロの身柄を押さえておけば、まあ、最悪の事態にはならないだろう。

 渉とクロを同時に、魂が抜け出さないように体に縛り付け、定着させる。津山先生とも相談し、直ともしっかりと手順を確認済みだ。

「さあ、やろうかねえ、怜」

「そうだな」

 悪夢のような夢なのか、悪夢のような現実なのか。とにかくそれを、終わらせよう。


 数日して、白金家は引っ越していった。渉はすっかり大人しくなり、別人のようだった。

 そしてクロは、すっかり普通の犬らしくなって、警察犬の訓練所に入所した。人間を経験したからか、元から素質があったのか、有望らしい。

「もう凝りて、動物虐待はしないだろうねえ。むしろ、トラウマになってたりしてねえ」

「あり得るなあ。

 それにしても、何で入れ替わりが起こったんだろうな」

「クロの何で人間はっていうのと、渉君のクロは気楽でいいっていうのが、絶妙にマッチしたとかかなあ」

「それなら、また他の誰かがこんな事になるかも知れないぞ」

「ああ、十分あるよねえ」

「冗談だろ。こんな面倒臭いの、もうこりごりだよ」

 僕は大きく溜め息をついた。






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